新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が進み、新規感染者数が減少し始めた2021年10月。都内在住の男性の元に、突然、1本の電話が入った。

「アメリカに、数千万円の残高があるあなた名義の口座がありますよね。あの口座はいったい何に使っていらっしゃるのでしょうか。

声の主は税務署の職員。それだけでも驚いたが、そんな口座の存在に覚えがなかったことから、ますます怖くなった。

この男性は、起業したIT企業を売却して数十億円の資産を保有する富裕層。確かに、以前アメリカで働いていたことはあるが、何の口座なのかとっさには思い出せなかった。

「ちょっと待ってください」と言って記憶をたどったところ、ようやくある口座の存在に気づいた。アメリカで働いていた際につくり、生活費用として時折使っていた口座だったのだ。ただ、ビジネスなどで頻繁に使っていたものと違ったためピンとこず、存在さえ忘れていた。

なぜ税務署はそんな連絡をしてきたのか。国税局の元査察官(マルサ)で、税務調査に詳しい税理士は、「国税庁は、18年からCRS(共通報告基準)に基づいて、海外の税務当局と口座情報を定期的に交換している。男性の口座はその網に引っかかり、残高が多かったので目をつけられたのではないか」とみる。

この男性の場合、脱税の意図などはなく、単純に必要な申請を行っていなかっただけだったため特段のおとがめはなかったが、「そこまで詳細に見られているのか」と、得もいわれぬ気持ち悪さを感じたという。

節税策を潰しにかかる税務当局

昨今、こうした「お尋ね」を受ける富裕層が急増している。税務当局が富裕層を狙い撃ちにし、徴税強化に乗り出しているからだ。CRSに基づく情報交換をはじめさまざまな制度を導入、海外を含めた資産や資金の動きなどに目を光らせているのだ。

『週刊東洋経済』1月4日発売号の特集は、「狙われる富裕層 税務署から詐欺師まで完全対策!」。富裕層をターゲットにした課税強化の動きとともに、まだの残されている節税術を始め、生前贈与や相続のノウハウなどを徹底解説する。

これは世界的な流れ。どの国も税収不足に頭を悩ませており、多額の資産を保有する富裕層の脱税や租税回避を「許すまじ」と躍起になっている。

そうした動きは、2021年12月に自民・公明両党がまとめた税制改正大綱にも表れている。「財産債務調書制度」が見直されることになったからだ。これは富裕層に資産状況の提出を求めるもの。富裕層の税逃れが巧妙になっていることから、より正確に資産状況の変化を把握しようと2015年度に創設されたものだ。