年末調整や確定申告など、税やお金に関することに一層気を引き締める時期が近づいています。税について知れば知るほど、世界情勢にも詳しくなり、そして過去から付いてくる歴史を振り返ってみたくなるはずでしょう。「税」と「歴史」は切っても切り離せない関係であり、税を学ぶことは歴史を学ぶことでもあります。世界で起きているほとんどのことが「税」「お金」「権力」で繰り広げられています。元国税調査官である大村大次郎氏の新書『脱税の世界史』を一部抜粋・再構成し、お届けします。

なぜイギリスの古い家には窓が少ないのか?

イギリスでは古い建物の中には、窓がふさがれているものが時々見受けられます。窓自体はたくさんあるのですが、大半の窓が壁と同じような素材でふさがれていて、窓として機能しているのはほんの一部になっているのです。

17世紀の終わりの1696年、イギリスでは「窓税」という税金がつくられました。一つの建物に窓が7個以上の場合は税金を払わなければならなかったのです。1851年に窓税が廃止されるまで、150年以上にわたって課せられ続けたのです。

だから、19世紀の半ばまでに建てられた建物には、窓がふさがれているものが多いのです。窓を少なくして、税金を免れようというわけです。

なぜ窓に税金?と思われる方も多いはずです。窓に税金をかければ窓が少なくなり、衛生的にもあまりよろしくありません。が、イギリス国民は、この窓税を150年も我慢したのです。それは、ある事情によるものでした。

イギリスでは窓税が創設される前に、「暖炉税」という税金が創設されていました。

暖炉税が創設されたのは1662年のことです。

当時のイギリスは、オランダやフランス、スペインなどと戦争ばかりしていました。暖炉税がつくられた年の3年後には、第二次英蘭戦争が始まっています。戦費がいくらあっても足りないという状況でした。

そのため、暖炉税がつくられましたが、国民は激しく反発したのです。

暖炉は、貧しい家庭でも必要です。そして、裕福な家だからといって、暖炉がそうたくさんあるわけではありません。ということは、貧しい人も裕福な人もだいたい同じ程度の税金を払わなければならなかったのです。

そして、この暖炉税を徴収するときには、徴税役人が各家庭の暖炉の数を調べることになります。国民にとっては、役人が家の中に入って暖炉を調べるというのは、非常に屈辱的なことでした。