ただ、こうした「認識のゆがみ」と「投影」に関わらない人などいません。これらは、誰にでも絶えず起こっています。問題は、自分の認識を省みることに対して、非常に強い抵抗感を抱いてしまうことなのです。

自分の誤った認識を省みない人と建設的な話し合いをすることはとても難しく、話し合いにまったくならないこともしばしばあります。そのように自分の認識を省みることを拒絶し続けている人は、職を失ってしまう可能性すらあります。このタイプの人は、自分の過ちを認めることができないほど、自己肯定感があまりにもゆらぎやすいのです。

自己肯定感が低い人ほど「承認欲求」がある

私も次のように思ったことが何度かあります。「普通に見える人でも、自分自身を省みることができないと、こんなにも屈折した不当な考え方や行動をすることがあるんだ」と。

もしある国の全国民がこのような投影の被害者になり、勝手に悪者にされてしまったら、その国民に対する不当な行為と暴力があっという間に正当化されてしまいます。ですから当然、そのような投影は最悪で、非常に危険です。また、AさんがBさんのことをひどくゆがんで認識した場合、BさんはAさんを避けるようになる可能性が高いでしょう。

このように「投影」は、認識に関わる基本的な心の働きであり、誰もが持っている自己防衛メカニズムです。

自分の思い込みという眼鏡をはずす

人間は他者という鏡を通して自分の価値を知るようにできています。そのため大人でも、他者から自分の価値を認められたいという欲求を持っています。ということは、子どものころに自分のことをあまり認めてもらえなかった人だけでなく、認められる機会が多かった人にも、承認欲求があるということです。

けれども、私たちが周りの人からの承認をどれほど必要とするかは、自己肯定感によって変わってきます。自己肯定感が不安定な人は、自己肯定感が安定している人と比べて、物事を決定する際に他者からの承認を多く必要とするのです。

自己肯定感は心の中心にあり、自己肯定感が育まれると、そこから心の糧が生み出され、逆に自己肯定感が傷つけられると、そこからさまざまな問題がわき起こってきます。

ですから、自分のゆがんだ眼鏡で自分自身を見ないようにするためには、ときに外界のみに目を向け、外界の物事に注意を集中させる練習をするといいでしょう。これができるようになると、以前よりも、外界で起こっていることをはるかに多くとらえ、はるかに正しく認識することができるようになります。

自分のネガティブな眼鏡を通さずに外の世界を認識することができて初めて、自分を省みることができるのです。

著者:シュテファニー・シュタール