そうやって、労働力を吸い上げることによって形成される「資本」は、次第に少数の資本家に集中するようになる。そして、独占資本家たちの独占度が高まれば高まるほど、社会の圧倒的多数を占める労働者は困窮していきます。それをマルクス主義用語で、「貧困増大の法則」と言います。現代の格差社会論でよく聞くような話になるわけですね。

:負けた資本家が転落して労働者になるという話はあまり聞きませんが、企業が収益を上げるほど、派遣労働者をはじめ弱い立場の労働者たちが搾り取られている、という話はよく聞きますね。その意味では、格差社会論は、搾取論的な前提に立っているわけですね。それで、貧困増大が続くと、最後は1人の資本家だけになってしまうわけですよね。その後、どうなっちゃうんですか?

■マルクスの弟子たちにとっての大きな“謎”

仲正:最後の1人になるちょっと前に、搾取の限界が来て、資本主義社会が崩壊するということになっています。革命です。革命によって、資本家という余計な存在がいなくなったら、労働者がもっとのびのびと労働し、かつ消費できるので、生産力が飛躍的に増大するという話になっているわけですね。

:でも、資本家が淘汰されて、貧しいプロレタリアートだらけになるなんてことはおそらくないですよね。社会主義革命が起こっている国はありますけど、そうならない国のほうが多いし。

仲正:それが19世紀末から20世紀初頭にかけて、マルクスの弟子たちにとって大きな“〝謎”――マルクス主義を最初から信じていなければ、全然謎ではないのですが――だったわけです。

マルクスの理屈どおりだとすると、資本主義的生産が最も発達しているイギリスとかフランスとかアメリカとか、あるいは1871年の統一以降、急速に資本主義化したドイツで、労働者が貧困化して、革命の機運が熟すはずですが、実際には労働者の生活がそれなりに改善して、なかなか革命になりそうにない。

ドイツでは、労働者を体制に取り込むために、保険や年金制度が整えられ、国家、資本、労働組合の協調体制が生まれる。そのため、マルクス主義的左翼の間では、体制の中に入って内側から労働者の権利を実現する社会民主主義の路線を取るか、それともあくまでマルクスのオリジナルの議論に忠実に革命路線を追求すべきか、をめぐる路線闘争が起こります。このパターンのマルクス主義者同士の論争は、その後、何度も少しずつ形を変えながら繰り返されます。第二次大戦後の日本でも何回か繰り返されています。

:マルクスの教えにしたがって革命するかしないかなんて論争すること自体が今から見たら本末転倒ですけど、昔はそれほどマルクスに権威があったということですね。でも、実際に窮乏化による革命が起こらないと、左翼の人たちは困るんじゃ……。

著者:仲正 昌樹