受験には母親の和美さんが引率、大きくなったように見えてもまだ母親が恋しい年ごろだ。知らない土地に塾の友達と合宿状態で泊まるよりも、母親と水入らずでこうしてホテルで過ごせたことがよかったのか、睡眠も十分にとった健太さんは試験会場へと向かっていった。

「頑張ってくる!」

輝く目で強く言い放つ健太さんの後ろ姿が心なしか大きくなったように見えた。

テストを終えた手ごたえは上々。得意の算数で点数を伸ばすことができたため、安心して次の試験も挑戦することができた。試験の結果は合格。

「やったー!」

健太さんは大喜びだった。

通学の問題に対して、河崎家が選んだのは…

両親も同様だったが、問題は自宅からは通えない距離にあるこの学校にどうやって通学するかだ。同じく志望校に入れたラサールの場合は寮があるということだったが、この学校は寮がない。調べてみると同校の生徒のための民間の下宿が存在することがわかったが、

「まだ中学生ですから、手元から離すのは寂しいという思いがありました」

悩んだ末、河崎家は家族で学校近くの賃貸マンションに引っ越すことを決めた。達夫さんはそれまで住んでいた街に単身赴任することに。週末には家族の待つマンションに帰れるため、週末移住的な感覚のようだ。

家を持たずにホテル住まいをする若い世代が話題になることがあるが、達夫さんも単身赴任生活ではホテル住まいを選んだ。家具をそろえる必要もなく、帰れば部屋はきれいに整えられている。食事は外食が中心になるが、それも平日のことだけなので、さほど不便を感じないという。

そこまでして子どもを難関校に入れるなんて、やりすぎだ――。そんな声ももちろんあるだろう。しかし、最難関を目指す家庭の場合、これは必ずしも極端な発想でもないのだろう。事実、東西どちらの難関校にも、近くに下宿が存在するからだ。孟母三遷、最高の教育環境を求めて転居するのも、子を思う親としてはわかる発想だ。

小学校1年生からの塾通いも、勉強を無理強いすることなく、冷静に子どものやる気が出るまで穏やかに見守った河崎家。長い長い戦いを終え、親子ともいま晴れ晴れとした気持ちで春を迎えている。

著者:宮本 さおり