JR上野駅の開業は1883年7月28日で、私鉄の日本鉄道が建設した上野―熊谷間の鉄道(現在の高崎線)の起点として建設された。以降、1991年に東北新幹線が上野から東京へ延伸されるまで100年以上にわたり、東北、上信越、北陸方面へのターミナル駅として長年、親しまれてきた。

夢を抱いて上京してくる若者にとっては、上野駅こそが初めて触れる東京であり、北へ向かう列車は望郷の念をかきたてた。15番線の側にある石川啄木の歌碑、広小路口にある井沢八郎の『あゝ上野駅』の歌碑などが象徴的だ。高度経済成長期、集団就職や出稼ぎなどで、この駅に着いた人々が上野にどのような思いを抱いていたか。その片鱗に触れることができる。

ビジネスホテルに「駅前旅館」の名残

上京してきた東京に不慣れな人たちは、地平ホームからまっすぐ進み、広小路口から狭い駅前広場へ出て、駅東側周辺にある旅館に落ち着くことが多かったという。1957年に発表された井伏鱒二の『駅前旅館』は、そうした上野の旅館をモデルとした喜劇で、翌年、映画化された。

駅前旅館の名残として立ち並ぶビジネスホテル(筆者撮影)

駅前旅館の多くは今、ビジネスホテルへと姿を変えて営業を続けている。そこへ全国規模のホテルチェーンも進出し、ちょっとした「ホテルの町」へと変貌したのが、今の上野駅東側の姿だ。

京成電鉄によって成田国際空港と直結しているなど交通の便に恵まれ、浅草などの観光地にも近いが、東京駅や新宿駅周辺と比べると相対的に宿泊費が安い宿が多い。コロナ禍前はインバウンド客でにぎわっていた。現在も高度経済成長期の面影を残す和風旅館がわずかながら健在で、とくに人気がある。