2010年にはラグビーWCの大会成功議員連盟(最高顧問・森喜朗氏)が発足し、2011年2月に議連総会で国立競技場建て替えを決議。東京都知事の石原慎太郎氏(当時)も、東日本大震災からの復興の一環として2020年に開催される五輪の開催地への立候補を表明し、9月の都議会で国立競技場をメーンスタジアムにする方針に転換した。

東京五輪2020の招致決定は2013年9月であるが、1年前の2012年には新国立競技場デザインコンペ(設計競技会)が実施され、2013年5月には東京都都市計画審議会で神宮外苑地区計画を決定している。東京都でも、国立競技場の建て替え方針に合わせて、神宮外苑の再開発に動き出した、というわけだ。

東京都議会の原田あきら議員が開示請求した神宮外苑の再整備に関する資料の中には、東京都が2012年5月に森喜朗氏に対して議員会館で神宮外苑の再整備計画の概要説明を行ったメモがある。この時には秩父宮ラグビー場と神宮球場の敷地を交換して建て替えるなど、現在の計画案の骨子がすでに出来上がっており、東京都の幹部は「2020東京五輪の招致に失敗したとしても神宮外苑の再開発を進める」と森氏に伝えている。

東京五輪の招致が決定したあとの2015年4月1日に東京都は、「神宮外苑地区まちづくりに係する基本覚書」を明治神宮、日本スポーツ振興センター、高度技術社会推進協会(TEPIA)、伊藤忠商事、日本オラクル、三井不動産との間で締結した。

その20日後に開催された三井不動産のオリンピック・パラリンピック東京2020スポンサーシップ契約の記者会見には森喜朗氏も出席し、三井不動産が不動産開発カテゴリーにおける「街づくりパートナー」の役割を担うと表明した。

会見後、神宮外苑の再開発に関する筆者の質問に森氏は次のように答えていた。

「もともとオリンピックの駐車場スペースを確保するため秩父宮ラグビー場を取り壊す話が計画の始まり。具体的な内容はこれからだ」

国立競技場をラグビーWC、東京五輪のメーン会場として使用するために秩父宮ラグビー場を取り壊すので、それに合わせて神宮外苑の再開発が始まったというのである。

三井不動産が開発担当になった背景

では、なぜ三井不動産が再開発を担うことになったのだろうか。三井不動産がまちづくり覚書に名前を連ねたのは、不良債権問題で経営危機に陥った中堅ゼネコン・ハザマ(現・安藤ハザマ)の青山にあった本社(現・日本オラクル本社)を2003年に三井不動産が取得し、地権者になっていたことがきっかけだ。

同社は、2002年に港区立青葉公園に隣接する都営アパート「南青山一丁目団地」の建て替えプロジェクトを伊藤忠商事とともにPFI(民間資金を活用した公共施設整備)事業として受託するなど、神宮外苑周辺エリアの開発に力を入れていた。

さらに明治神宮の協力を得るために、三井不動産の岩沙弘道会長が明治神宮総代を務めており、神宮外苑の再開発に早い段階から関わっていたと考えられる。