斎藤:それに対して、ハートランドがDAO2.0なのは、ブロックチェーンを導入することで、国家の下でのトップダウン型の介入抜きで、純粋なボトムアップ型を目指している点です。

斎藤 幸平(さいとう・こうへい)/東京大学大学院准教授。1987年生まれ。専門は経済思想・社会思想。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy (邦訳『大洪水の前に』堀之内出版)によって、「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。45万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)は、「新書大賞2021」を受賞。「アジア・ブックアワード」で「イヤー・オブ・ザ・ブック」(一般書部門)に選ばれた(撮影:今井康一)

ただ、それで本当に、既存のボトムアップ型の問題からは逃れられるでしょうか。トップダウン型の大胆な規制や強い課税を展開しなければ、ハートランド自身も一瞬で資本主義に取り込まれてしまうのではないでしょうか。

荒谷:トップダウンで改革しようと思えば、既存の国家で政権を掌握することが必要ですよね。これまでさまざまなかたちで試みられてきていますが、実現が難しい道筋だと思っています。しかも、歴史を振り返れば、政権を掌握するために運動をひとまとめにする過程で、組織や党の問題が生まれてしまうことが多かった。

しかし、翻って考えると「国家」というのは、それ自身、自分たちでつくるものです。いまの社会契約にさまざまな矛盾が存在しているのならば(実際、歴史を振り返れば、いまの憲法は対立する考え方の寄せ集めになっていて、大きな矛盾を孕んでいます)、新しく、参加したい人だけで社会契約をしたほうが健全だと思います。「領土」を支配する近代国家とは無関係に、人々の関係性に基づく「国家」をつくろうというわけです。

斎藤:なるほど。荒谷さんは、左派が政権を取って社会を変革することは、歴史的失敗と現在の左派の弱体化を踏まえて、現実的な道ではないと見ている。私は、気候危機という緊急事態を前に、トップダウン的な可能性も追求しているわけですが。

荒谷:現状のボトムアップ型の試みが資本主義の論理に回収される傾向があるという問題はそのとおりです。しかし、ハートランドは資本主義の論理とは異なる新しいロジックで経済を回していこうという試みになっています。

資本主義経済は、各人が自分を最大化しようというフィクションの下に人々の行動を統制するものになっていますが、そこでは人が「他者のために何かをしたい」という欲望が抑圧されています。そんな欲望は、自己利益の欲望を覆い隠す偽善でしかないとされるわけです。

しかし、資本主義の呪縛から離れて考えると、人間は普通「自分のため」よりも「他人のため」のほうが力が出ると思うんですよ。「プロボノ」などの無償の活動を人がやりたがるのもそのためで、資本主義社会ではその欲望が「お金で評価されないもの」になっているわけです。

ハートランドの「経済」の駆動力は、各人の利益の最大化ではなく、むしろ「他者のために」という人々の欲望です。そうした行為の積み重ねによってボトムアップ的にできるものは、資本の論理に回収されるものというよりも、価値についての考え方が一新された経済圏になるのだと思います。

基礎的な社会保障を取り払うことのリスク

斎藤:ぜひお聞きしたいのは、このプロジェクトがうまく進展して、ハートランドが国民国家を置き換えるような共同体となったとき、現在国家が担っている社会保障などのインフラがどうなるのかです。

荒谷:ハートランドは近代国家に対立するものではありませんが、現在の近代国家が機能不全に陥った場合、国家が果たしている安全保障や社会保障をハートランドが担うことはできると思っています。結局は、人々がどの共同体にコミットして生活を預けるかということだと思います。そうした共同体が、インフラを整備するのが自然ですよね。

斎藤:なぜこれを聞いたかというと、ハートランド内部で、現在の超富裕層が快適で排他的なDAOをつくってしまうことを懸念しているからです。

この仕組みでは、生産力の豊富な金持ちたちが富を集積して、要塞のように堅固で住みやすいDAOをつくることができてしまうのではないでしょうか。高額な入会費を払ったり厳格な審査を通った人たちだけが、安全な食や高レベルの教育などの充実した福祉を享受できるといったイメージです。そのような金持ちたちのDAOは栄えるけれど、それ以外の場所ではインフラも劣化していくリスクを危惧します。