荒谷:逮捕歴の開示を強制にするかどうかは議論のしどころですね。現在でも市民権の申請などさまざまな場面で、犯罪歴がないことを国家に証明してもらう必要がありますが、ハートランドは少なくともそうした履歴の管理をトラストレスで実装できるでしょう。犯罪歴のある人でも受け入れる寛容な社会の実現と、情報の秘匿可能性というのは別に考えてもいいかもしれません。

一国ハートランド主義 vs. 世界ハートランド論

斎藤:ところで、荒谷さんの提案は、アソシエーションや協同組合が複数層に存在して、それぞれの層で異なる管理形態があるというアイデアですよね。ひとつ整理したいのは、そこでなぜハートランドという新しい国家的な枠組みが必要となるのかです。

例えば、似たような協同組合型のモデルとして、ギリシャの元財務大臣のヤニス・バルファキスの『アナザーナウ』(邦題:『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』講談社)があります。ただ、彼の枠組みにおいては、既存の国家に接合する形で、大きな変革が実施できるのではないでしょうか。

例えば、DAO間や個人間の平等を担保するために、すべての企業の収益が5%は強制的に公共のプールに蓄積される。それがベーシックインカムや、出生時に銀行口座に振り込まれるなどの仕組みで国民全員に再分配される。そのような仕組みはむしろ国家を前提とするのではないかということです。

荒谷:そういった意味では、ハートランドはその「国家」にあたるものになると思います。

僕は、国家に自由に参加できる仕組みをつくりたいのです。特定のコミュニティに束縛されず、所属するコミュニティを自分で選ぶことができる仕組みです。どの組織にも所属しない状態でも「人間」としての存在を担保するいちばん大きな枠組みとして「ハートランド」があります。ハートランドの中でどのコミュニティに属するかは、自分で自由に選べる仕組みです。

斎藤:それは究極的には、国家を超えて選択できるということなわけですね。つまり、荒谷さんの中に、コスモポリタニズム的な要素があるということですかね。

荒谷:そうかもしれません(笑)。日本という土地に強制的にアイデンティティが縛りつけられる理由はないと思うんですよね。日本の文化を大切にすることと、国土にIDをひも付けることは、異なることだと思います。

斎藤:ここは荒谷さんと私で少し違うところかもしれません。私は、自分が住んでいるところを超えてどこにでも参加できるんだという資本主義のグローバル化やデジタル経済の発展が、むしろ、自分のことだけを考えるような姿勢、他者への想像力の弱化につながっていると思います。

『人新世の「資本論」』(集英社)で展開した「コモン」という考えが地域主義やボトムアップ型の動きを重視するのは、食料生産や発電、公共サービスの取捨選択や雇用の創出をふたたびローカルなものにして、減速していくべきだからです。荒谷さんと目標は共有していますが、水平・分散は同時にローカルでないとうまくいかないと考えています。

荒谷:いえ、僕もローカルな共同性というのは非常に大事だと思っています。これまでの自分の活動としても地域活動を積極的にやってきていますし、一緒に何かをするというリアリティはとても重要だと思っています。

しかし、その枠が「日本国」である必要はないと思うんですね。おっしゃるように、個人主義的な自由を特権化していくと新自由主義的な弱者の排除を生むと思いますが、僕が重視しているのは、共同体を選べる自由です。