「自分が抜けたらどうなるんだろう……」と章男氏自身が不安を抱くのは当然である。

社長と副社長とでは、その重みは月とスッポンといわれている。章男氏は副社長に「覚悟」を求めたのである。

章男氏が社長に就任したときの顧問、相談役は67人

5月11日に開かれた2022年3月期決算発表の記者会見には、肝心の章男氏の姿がなかった。アレっと思った。出席したのは、副社長になったばかりの近、前田の両氏と、Chief Communication Officerの長田准氏だ。彼らは、記者の質問に、緊張した面持ちで受け答えをした。いつもと違って、終始、張りつめた空気が感じられた。

いよいよ始まったなと、私は直感した。「ポスト章男」の動きである。

日本企業の社長交代は、密室で決まるケースが少なくない。社長就任の順番があらかじめ決まっているとか、社長が後任を託す人物をひそかに呼び、「あとを頼むぞ」とささやくとか。また、持ち株会社などでは、社長など経営陣の人事を議論する「指名委員会」が設置されており、透明性のある選解任プロセスが仕組みとして担保されるが、実情はどうか。社長が指名委員会に後任を推薦するケースが少なからずあると言われている。

その点、章男氏は違う。「後継者育成において、自分がどう考え、どう結論を出していくのか……。そのプロセスをすべて見せていきたい」と、周囲に語っているのだ。

なぜか。自らが社長に就任した際の苦い経緯があるからだ。

トヨタは、リーマン・ショックで4610億円の大赤字を計上した。厳しい経営環境のもと、世代交代が求められ、次期社長をめぐって社内は揉めた。世襲批判もあり、なかなか決まらなかった。密室での覇権争いは熾烈を極めた。

最終的に豊田家への大政奉還が決まった。章男氏の社長就任は“難産”だった。この間のゴタゴタが尾を引いた。影響は後々まで残った。  

章男氏が、後進のために綿密なバトンタッチの方法を考えるのは、そうした苦々しい背景があるからだ。

章男氏は新社長に就いたものの、前政権の経営陣をそのまま引き継いだため、思うようにマネジメントを進められなかった。そして、就任8カ月後に発生した大規模リコールによる米公聴会の問題につながった。

章男氏は、最初から公聴会に出席し、謝罪すると腹をくくっていたが、周囲は新人社長の章男氏の出席に反対していた。問題はこじれた。痛恨の思いがある。

また当時、OBの顧問、相談役は67人いた。それを約10年かけてゼロにした。