テキストしかない、要点も重点もわからないという厳しい状況の中で、試験に合格しなければならない。今から思うと、そこで、うまく要点をつかむ工夫を考えたり、自分なりのテキストの読み方を試行錯誤しながら身につけていったように思います。

また、それとほぼ並行してはじめた会計士の勉強も似たようなものでした。財務諸表論といった専門書や解説書のような本を何冊か買ってシンガポールに持って行ったのですが、入試の参考書と違って、どこにも赤ラインなど引いてありませんし、コラムのようなものもありません。何のメリハリもなく、(これも今から思うと当たり前なのですが)ただ淡々と文章が続いていくだけの本を見て茫然とした記憶があります。

手取り足取り教えてくれるような高校の参考書とは、まったく違っていたからです。会計士には論述試験があるのですが、「この本に書かれたことを、どうやって読み進めて、どんなふうに消化していけば問題を解けるようになるんだろう」と途方に暮れたことを覚えています。

そこをどう切り抜けたかといえば、結局のところ、自分で考えて、自分でどこが重要かを判断していくしかないと割り切って、自分の頭で考えるクセをつけていったのだと思います。

人にすぐには聞けない環境で、こうした試行錯誤の過程を経て、自分なりに考えるクセも身についていったように思います。その経験は今でもとても役に立っています。

独学に向く人、向かない人

私が、高校の勉強から大学の通信教育まで独学でやってきたという話をすると、たいていの人は「さぞかし、自分をきちんと律することができて、意志も強かったのでしょう」と感心してくれます。

そうした面がまったくないとは言いませんが、私は謙遜抜きで結構なまけ者なのです。なるべくなら楽をして過ごしたいという性格なので、今から考えてみると最初に立てた目標をほとんど達していません。例えば、取り組んでいた問題集にしても、2、3割しか終えていなかったように記憶しています。

むしろ、そのくらいのいい加減さだったから、長い期間を独学で通すことができたのでしょう。