米中対立やロシアのウクライナ侵攻など、国家間対立が激しくなり、地政学的リスクが高まっている。他方で、中国もロシアもグローバルサプライチェーンの中に組み込まれ、経済的な相互依存関係はより強化されている。経済的な「デカップリング」が困難である中で、対立する関係にある国家がどのような関係を作っていくのか。地政学だけでは読み解けない時代を「地経学」という観点で読み解きます。

これまで「ポストコロナのメガ地経学ーパワー・バランス/世界秩序/文明」として、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)からの発信してきた本連載だが、7月1日APIと国際文化会館(IHJ)が統合したことで、新たに設置された「地経学研究所」が連載を引き継ぐこととなった。タイトルを「地経学の時代−地政学と経済の融合」として、新たな連載を始めたいと思う。

ところが、地経学研究所が新たに船出した1週間後、安倍晋三元首相が凶弾に倒れ、帰らぬ人となった。安倍元首相は、近代日本の総理大臣の中では最長の在任期間を務め、冷戦後の世界が変化していく中で、その変化に適応し、日本の政治経済を、そうした変化に合わせて改革していった政治家であった。

彼の死後、世界各国の首脳から追悼のメッセージが届けられ、多くのメディアで追悼記事が掲載されたが、その多くで、安倍元首相が日本の顔として外交の舞台で活躍し、日本を地政学の中に位置づけなおしたことを高く評価した。しかしながら、より重要な点として、安倍元首相は単に日本を「地政学」の中に位置づけなおしただけでなく、日本を「地経学」の中に位置づけた点である。

1.「地経学」とは何か

地経学(Geoeconomics)は耳慣れない言葉ではあるが、冷戦が終わった1990年代には使われるようになった用語であり、その歴史は意外に長い。冷戦期には「東側陣営」として社会主義的な互助的経済関係を作っていた国々が市場経済に移行し、自由貿易の枠組みに編入されていくことで、冷戦期のような地政学的な対立は後景に退き、経済関係が前面に出る国際的な力の均衡が生まれたとして、地経学という言葉が使われるようになった。