僕の経験だけでの判断になりますが、学校生活が感覚過敏の子どもにとって快適かどうかは、先生の影響はかなり大きいと思っています。僕の担任の先生にこの本を読まれてしまったらと想像するとちょっと冷や汗が出ますが、まず、居心地が悪かったときの話をします。

小学校5年生のときの担任の先生は、給食を食べない僕を見て、「もう少しがんばって食べてみようね。そんなにちょっとしか食べないと大きくなれないよ」と言いました。確かに小学5年生が5口分くらいしか食べないのを見ると心配になるでしょう。「食べないと大きくなれないよ」と、言いたくなる気持ちも今はわかります。

けれども、子どもの僕にとってそれは脅しのような言葉でした。もう大きくなれなくてもいいから、食べろと言わないでほしいと思っていました。僕にとって給食は、小学1年生のときから地獄の時間でした。それでも、学校に通い続けました。そんな状況の中、先生の脅しの言葉が、さらに僕の地獄を広げました。

それというのも、クラスの女子が先生の口調をまねし始めたのです。「路瑛、食べないと大きくなれないよ」「また、これだけ?  もっと食べなよ」。よってたかって、女子が食べろ食べろと絡んでくる。これが毎日続くのです。

地獄が天国へと変わる

みんなが心配してくれていることは今となってはわかるし、当時もわかっていた気はするけれど、「食べろ」というプレッシャーが強くなったことで、5年生のときは毎朝、「学校休みたい」と親に言っていました。

その地獄が天国に変わったのが6年生でした。給食を食べられない僕を見て、担任の先生が「給食をやめてお弁当持参にしないか」と提案してくれたのです。夢のような提案でした。そんなことができるとは考えたこともなかったのです。