彼女は、成功者ではあるけれど、後付けの成功理由ではなく、成功までの道すがら、どんなことに悩み、考えてきたか、葛藤をそのままリアルに書いている。ある意味、「読んでてスカッとしない本」。そこが、多くの成功者本になかったところだと思います。

「憧れ」から「共感」の時代へ

大きく共感できるのは、自社の化粧品のモデルとして、「憧れの女性」ではなく「等身大の自分」を起用するという話です。アメリカ、ヨーロッパのみならず、日本でもそういった流れは大きくなっています。

かつて、日本の雑誌やCMのモデルは白人女性ばかりという時代がありましたが、90年代に入ると日本人が起用されることになり、やがて有名人・芸能人ではなく、等身大の読者モデルが起用されるようにもなりました。

憧れのイメージを作り上げてマス受けを狙って大規模発信するよりも、共感できることが大事になってきたのです。

ビジネスとして共感が得られる話だと思ったのは、商品を一度売ることは、単なる販売にすぎないが、顧客が惚れこんで再度買うとき、それはブランドになる、という記述です。

15年ほど前、テレビCMでは商品が売れなくなり、ネット上でどう売るかが話題になったことがありました。そのときの結論は、「ネットはウソをつけない」です。

ダメな商品をどんなにごまかしてキャンペーンをしたところで、必ず口コミによってバレますし、そうした情報はSNSで拡散していきます。ネットは、ニセモノをごまかしたりして、高く売ることができない世界なのです。つまり、「側」の「技術」がどうかではなく、「本質」に近づいている時代が来ていると思います。

もちろん、良いものがすべて売れるわけでもありません。ジェイミーさんも言うように、本物が必ず成功するわけではない。ですが、やはり売れるものは、リピーターがつくものです。そういう時代に移っていく過程を、ジェイミーさんが肌感覚で実感していく記述から、追体験することができました。

「生身を晒す」というナラティブ

本書には、ナラティブがあります。「ストーリー」と「ナラティブ」は違います。

ストーリーはあくまでも、他人の物語。小説や映画のような構築された完成したお話のことですね。一方、ナラティブはもう少し開かれたもので、小説であれキャンペーンであれ、「生身の共感」が強化された、受け取る側が自分と重ねられるもの、自分ゴト化しやすいお話のことです。

彼女は、自分の皮膚の疾患(酒さ)を視聴者に見せるかたちで通販番組のQVCに出演しますが、「生身の自分を晒す」ことへの共感が、本書を通してのナラティブになっているわけです。