「ただ、あまり観光のお客さまはご利用にならないですね……。駅の近くにお住まいの地元の方。下今市駅ともほとんど離れていないので、特急を利用される方は下今市駅のほうに行きますよね。あとは通学の学生さんが中心の駅です。上今市を含む日光地区からは鹿沼や栃木方面に通学される方が多いものですから」(阿久津管区長)

相対式ホームの上今市駅。日中の利用者は多くない(撮影:鼠入昌史)

ちなみに、阿久津管区長は上今市の小学校に通っていたという。

「もともとこのあたりは日光街道の今市宿で、上町・中町・下町に分かれていたんです。上町が上今市、下町が下今市。そのうち、下今市が東武の日光線と鬼怒川線の分岐点になって発展し、かわりに上今市が無人駅になっているということですね」(阿久津管区長)

下今市駅出発前のSL 下今市駅で出発を待つ「SL大樹ふたら」。運転距離は短いが、平日でも観光客で盛況だ(撮影:鼠入昌史)

地方においては鉄道の存在感が低下しているなどと言われることが多い昨今だが、歴史を少し紐解けば町の発展の基礎には鉄道が大いに関係しているものなのだ。

少し離れた明神駅

続けて訪れたのは、下今市駅から南に進んだ明神駅。下今市―上今市間は1kmしか離れていないのに、下今市―明神間はなんと6.1kmも離れている。自治体としては日光市に含まれてはいるものの、“日光らしさ”とはあまり無縁なこちらも小さな無人駅。

無人駅の明神駅は日光例幣使街道の板橋宿のあった板橋地区の玄関口(撮影:鼠入昌史)

明神駅や下小代駅などを管理しているのは、東武日光駅管区下今市駅長の田沼真由美さんだ。

「明神駅も……とりたてて駅の周りに何か観光地になるようなスポットはありません。地域としては板橋地区という旧宿場町の玄関口になるんです」(田沼駅長)