「教団との関係を絶つ」

8月31日の記者会見で、岸田文雄首相は世界平和統一家庭連合(旧統一教会。以下、統一教会)との関係をめぐって「国民の皆様から懸念や疑問の声を戴いている」としたうえで、教団との関係を断ち切るという姿勢を鮮明にした。

党はこれまで教団に関する調査を個別議員による自主点検にとどめてきたが、世論の旧統一教会問題への高まりをうけ、岸田首相みずからが関係断絶を宣言せざるをえなかった格好だ。

しかし、統一教会から選挙支援を受けてきた自民党所属国会議員の中からは「踏み絵を踏ませる気か」「選挙を手伝ってくれるという人たちを追い返す必要があるのか」といった岸田首相への不満の声がさっそく噴出している。

自民党が党所属国会議員に配布した、統一教会との関係を点検する文書

党内に冷めた空気が漂う中、果たして岸田首相は「教団との関係を絶つ」ことが本当にできるのか。

岸田首相の決断は、日本が一神教的な価値観から脱却し、多様で寛容な国を作っていくためにも必要な措置だと私は考えている。

岸田首相が下した今回の「断絶宣言」は、約450年前、豊臣秀吉が下した「バテレン追放令」(1587年)と重なって映る。バテレンとはポルトガル語で「神父」。秀吉は、自身の主である織田信長が天下を取るために引き入れたキリスト教部隊を、政権から追放するという決断を下した。

織田信長を安倍晋三(とその一族)、豊臣秀吉を岸田文雄にたとえると、今の局面と似ている。

「キリシタン大名」を彷彿とさせる岸田改造内閣

安倍元首相銃撃事件以後、岸田内閣の支持率は毎週のように下落した。少しでも流れを変えようと岸田首相は予定より早い8月10日に党人事・内閣改造を断行。統一教会と関係があった閣僚を排除する狙いだったが、その目論みは見事に外れた。大臣、副大臣、政務官の政務三役で少なくとも31人が旧統一教会と接点があったことが判明したからだ。

岸田氏の頭を悩ます「旧統一教会大臣」たちは、秀吉政権内で秀吉を悩ませた「キリシタン大名」を彷彿とさせる。この意味を理解するため、500年ほど歴史を遡ろう。