昨今は、「企業経営はヒトが大切」「その取り組み状況を関係者に知らせよう」と、さかんに人的資本経営が喧伝されています。まさに正論ですが、誰もが反対しにくい正論には、往々にして落とし穴があるもの。今回は、企業と株主・投資家への取材を踏まえ、企業が人的資本経営にどう向き合うべきかを考えてみましょう。

人的資本開示で現場が疲弊する皮肉

まず、人的資本経営・開示の実務を担っている人事担当者とIR担当者を取材しました。「積極的に開示し、優秀な人材の獲得に繋げたい」(商社・人事担当者)、「教育予算を確保しやすくなる」(エネルギー・人事担当者)と前向きに捉える意見もありましたが、少数派でした。

多くの人事担当者・IR担当者が、人的資本開示の事務負担を嘆いていました。上場企業では来年から人的資本の開示が義務化されますが、開示項目が企業の自主性に委ねられていることから、どう開示するべきか、いま人事部門・IR部門は検討作業に追われています。

「人事・IRの担当者が手分けしてセミナーに参加し、他社と情報交換し、開示内容の検討を進めています。近く開示内容が決まったら、実際に情報を収集・分析する必要があり、さらに業務負荷が増えます。『ヒトが大切』が合言葉の人事部門が人的資本開示のため大残業し、疲弊しているのは、ブラックジョークです」(電機・人事担当者)

「今回の人的資本開示では人事部門に多大な迷惑を掛けていますが、他にもISOなどで色々な部門に情報提供をお願いしています。各部門とも本業と無関係な付加的業務ということで対応に苦慮しており、心苦しい限りです」(金融・IR担当者)

IR担当者のコメントを補足します。従来、「IR=決算書の開示」でしたが、1990年代以降、セグメント情報や四半期決算など財務情報が精緻化しました。2000年のエンロン事件を受けてガバナンスの開示が加わり、近年は環境情報など非財務情報の充実が求められています。

IRや各部門の担当者は、限られた陣容で雑多・膨大な開示に対応しなければならず、すでにてんてこ舞いの状態。そこに降ってわいてきたのが、今回の人的資本の開示です。IR担当者や人事担当者が「いい加減にしてほしい」と嘆くのは当然でしょう。