ある経営幹部に佐藤氏のことを聞いてみると、「佐藤氏はまだ若い」という答えが返ってきた。確かに、開発部門の中では若い。

章男氏は、次期社長選びにそうとう悩んだはずだが、なぜ今回、3人の社長レースに入っていない佐藤氏を選んだのか。ここでガラリと空気を変える必要があると思ったに違いない。

昨年12月、タイのサーキット場で、「社長をやってくれないか」と、章男氏は佐藤氏に告げたという。社長室ではなく、現場のサーキット場だったところに、章男氏の配慮があった。密室人事のイメージを避けるためだ。

成長から取り残された日本とモノづくりにこだわる人たち

経営環境の急速な悪化を前に、いま手を打たないと、トヨタとて危ないとギリギリの判断をしたといえる。その意味で、「私は古い人間」「クルマ屋の限界」という言葉が飛び出した背後には、私には、二重の意味があるように思われてならない。

以下は、あくまでも私の臆測だが、「古い人間」とは、成長から取り残された日本、そして「クルマ屋の限界」は、いつまでもモノづくりにこだわる人たち──を示唆したのではないか。自動車業界に携わる550万人の雇用問題は別にして、依然として古い「クルマ屋」、すなわちモノづくりに固執する章男氏の抵抗勢力に対して、自らを自己否定することにより、彼らと決別しようとしたのではないか。参考までに、章男氏がトヨタをクルマ会社からモビリティ・カンパニーに変革すると語ったのは、2018年のことである。

章男氏は、4月以降も代表取締役会長としてトヨタにとどまる。

「トヨタの変革をさらに進めるには、自分が会長になり、新社長をサポートする形がいちばんよい」

と前置きして、章男氏は次のように会見で語っている。

「社内での役割は取締役会議長とマスタードライバー。日本の競争力のど真ん中であるクルマの応援団を増やすため、しっかり社業をサポートする」

トヨタは、まだまだ章男氏の存在を抜きにしては語れない。

著者:片山 修