新型コロナを恐れるあまり魔女狩りや全体主義をはびこらせてはならない。日本のように同調圧力の強い社会では、そうしたことが自殺に結び付きやすい。新型コロナによる死者は少ないが、新型コロナにまつわるいじめで自殺者が増えた、というようなことになりかねない。

自由な議論に基づく寛容な社会の維持を

あえていうが、安倍政権に強力なリーダーシップなど求めない。求めるのは情報開示である。新型コロナウイルス感染症専門家会議のどのような議論を経て対策が決められたのか、開示が不十分な点は気になる。一方で、専門家会議が「新しい生活様式」といった大仰な言葉で、日常生活の各場面に及ぶ指導を列挙するのは行きすぎだ。

専門家会議の議事録をどんどん公開し、それを受けて、個々人が必要だと思う感染防止策を実施し、経済活動の再開の仕方を工夫していくというのが民主主義下のコロナ対策の望ましい姿である。

そして、ほかの人の判断の自由も尊重するべきだ。「自粛警察のターゲットにならないように注意しよう」というアドバイスも散見されるが、それは本来順序が逆だ。意見の異なる人への嫌がらせやいじめは、それをする人のほうが戒められるべきだ。

※5月25日発売の週刊東洋経済のコラムに加筆しました

著者:大崎 明子