程度の差はあるだろうが、番号(数字)になんらかの執着心を持っている人は少なくないのではないだろうか? 『番号は謎』(新潮新書)の著者、佐藤健太郎氏もそういうタイプ(の際たるもの)のようで、「1から順に番号がついているもの」が好きなのだそうだ。

筆者はもともと化学の研究者であった。化学の基礎である周期表は、まさしく元素が1から順に並んだものだ。野球も好きだが、選手の顔は覚えていないのに、背番号だけ覚えていたりもする。なるほど自分は番号フェチであったか、と今さらのように気づいたのであった。
そんな筆者にとって幸いなことに(?)、現代社会は番号であふれかえっている。(「まえがき」より)

個人的にはあまり意識することがなかったように思うが、確かに見回してみれば、身の周りは番号だらけだ。それどころか私たち自身も、好むと好まざるとにかかわらず住民票コードやマイナンバーなどの数字を与えられていたりする。

健康保険証番号、基礎年金番号、パスポート番号などもあるし、財産を持てば口座番号、カード番号、暗証番号が必要となる。学校では出席番号や学籍番号、会社では社員番号も渡されることになるし、ほかにもあらゆる店やサービスから番号を与えられる。

つまり私たちは知らず知らずのうちに番号に囲まれ、番号に埋もれるように生活しているのだ。

にもかかわらず、番号に目を向ける人の数は少ない。身の周りにあふれすぎているだけに関心を払わなくなっているということなのかもしれない。

そこで、本書の出番である。佐藤氏はここで、身の周りの番号に関する謎にさまざまな角度から迫り、身近でありながら注意を払われない存在である番号について考察しているのである。

国道の“番号のつけ方”は謎だらけ

ここではその中から、「国道100号が存在しないわけ――道路にまつわる番号」をクローズアップしてみたい。

佐藤氏はもともと「国道マニア」であり、関連書籍を2冊書いているという人物でもある。国道には番号がついているので調べがいがあり、つまりは研究対象にしやすいということなのかもしれない。だが、それは素人の考え方であるようで、実はもっとマニアックな理由に根ざしているらしい。国道に興味を持ったのは、“番号のつけ方”が謎だらけだったからだというのだ。