ところで国道指定というと、思い浮かぶのが政治家の影響力ではないだろうか? 事実、番号決定に際しても政治力が影響したケースはあるらしい。

例えば国道400号(茨城県水戸市〜福島県西会津町は、この道の国道指定に尽力した渡辺美智雄元副総理が、「キリ番がいいだろう」としてこの番号に決めさせたという噂が残る。確かに、位置的には国道402号(新潟県柏崎市〜新潟県新潟市)の方が北にあり、原則からいえばこちらが400号になっていてもおかしくなかったように見える。(70ページより)

こうした経緯を経て国道が誕生してきたことを考えると、その数は今後もさらに増えていきそうだと思えるのではないだろうか? ところが1993(平成5)年以降、新規の国道指定はなされていないのだそうだ。

道路網は十分に行き渡ったということなのだろうが、したがってこの先、道路行政に大きな変化でも訪れない限り、沖縄の国道507号がラストナンバーということになるという。

番号を通じて人類の営みに光を

例えばこのように、本書にはさまざまな番号が登場する。電話番号、郵便番号はもとより、野球の背番号、F1レース、テレビチャンネルやマイナンバーまで多種多様。

興味のある項目から読んでみるのもいいだろうが、いずれにしても多くの気づきを得ることができるのではないかと思う。ただ佐藤氏のなかには、“雑学以上のなにか”があることも事実であるようだ。

書くに当たって意識したのは、単なる雑学集にとどまらず、「番号という切り口を通して、人類の営みに光を当てるものにしたい」ということであった。そうして見ていくと、通常は空気のように気に留めることのない番号に、いろいろなこだわりを持って接している人々の姿が見えてくる。番号で呼ばれることを忌み嫌い逆上する者、キリ番を手に入れるために行列する者、望みの番号を手に入れるために大枚をはたく者、番号によって富を手に入れる者、身を滅ぼす者などなど実にさまざまで、人間とはおかしな生き物だと思う。まあそんな事例を嬉々として集め、本など書いている奴がいちばんおかしいと言われれば返す言葉がないが。(「あとがき」より)

そう言われれば、佐藤氏が誰より変わっているのかもしれない。とはいえ、本書を通じて番号の裏側に隠された “理由”を知ることは意外と重要なのではないだろうか? いままで見えていなかったことに気づく、ちょっとしたきっかけになるかもしれないからだ。

著者:印南 敦史