この例えは、「苗木」を「信頼」に置き換えてみるとわかりやすい。

小さな苗木も信頼のようなバリューも、華々しい業績を示すグラフや、最も高い木にはならないかもしれない。だが、そうした苗木をいくつも一緒に育てていけば、最終的に大きな樹木へと成長するということだ。

企業文化に根づく「オハナ」

ベニオフがこうした視野の広さと包容力を身に付けるに至った要因はいくつもあり、本書ではそれらが開示されているわけだが、とくに印象的だったことがある。彼の内部に根を張るハワイの「オハナ」という概念が、セールスフォースの企業文化に大きな影響を与えているという事実である。

私が最初にオハナを知ったのは、子どもの頃に家族と夏休みにハワイを訪れたときだ。この場所はいつも楽しく平和的だと感じた。大人になると、オハナはお互いに責任を持ち、共通のバリューで結ばれた集団を意味するようになった。それが、私が最初からセールスフォースに求めていた企業文化である。あらゆる人を受け入れ、私たちが行うあらゆることの根底にあるものだ。(193ページより)

多くの人にとって、最終的に信頼できるのは自分の家族であり、家族のいる場所ではないだろうか。ベニオフはそこに注目し、その考え方をセールスフォースという企業の運営に生かしているのだ。

もちろん、大切であるはずの家族に失望させられることだってあるだろう。ましてや、家族が企業文化の完璧なモデルとなりうるとは限らない。しかしそれでも彼は、企業とそこで働く人々について考える場合、自身が思いつく最も近い例は家族だと断言しているのだ。

先述したとおり、程度の差はあったとしても、企業経営者はとかくイノベーションに価値を置きたくなるものである。だが、その根底にはまず信頼があるべきなのだ。信頼を形成する何よりも重要なファクターが、家族のような結び付きなのだから。

日本に古くからある「同じ釜の飯を食う」という言葉にも通じるが、いまこそそうした概念が強く求められるべきなのかもしれない。ある意味においては泥くさくもあるベニオフの主張は、そんなことを改めて考えさせてくれるのである。

(敬称略)

著者:印南 敦史