さて、また皆さんに質問なのですが、東大生って勉強が好きだと思いますか。そんなに好きじゃないけれど、無理して頑張っていると思いますか。

僕は東大生に「勉強は好きですか? 嫌いですか?」というアンケートを取ったことがあるのですが、この質問、200人近くの東大生の中で160人くらいは「好きだ」と答えました。この結果を聞くと、多くの人は「やっぱり東大生は勉強が好きな人の集まりなんだな」「変わった人たちだ。自分たちとは違う」と思うかもしれません。

ここで、もう1つ追加で質問をしてみました。

「本格的に勉強を始めた時期を思い浮かべてください。その前から、勉強を楽しいと思っていましたか?」

この質問をすると、先ほどの160人程度の中で110人程度は「いいえ」と答えました。ちなみに、本格的に勉強を始めた時期は、たいていが高校1年生でした。より詳しく聞いてみると、「最初は勉強なんて嫌いだった」「でも、やっているうちにだんだんと楽しいと思えるポイントができてきた」「今は勉強したいことが勉強できていて、楽しいと思っている」なんて答えをしてくれる人が多いです。

まとめると、東大生は「勉強が楽しい」と思えるようになって合格した、という人が多いということです。それも、もともと楽しさを知っていたわけではなく、途中からそうなっていった、と。

偏差値35から変われたきっかけ

では、この「楽しい」と思えるようになるまでには、何が起こったのでしようか。

ここに横たわっているのも、「納得感」なのではないかと思います。僕も偏差値35のときにそう思っていたのですが、「なんで数学なんて勉強しなきゃならないんだ!」「どうして社会とかやんなきゃならないの?」「これ、やってる意味あるの?」と考えるタイミングというのが非常に多かったです。

そういうときって、どんなに勉強してもどこか他人事で、やらされている感があって、「納得」できずに進んでいる状態なんです。まさに「強制と服従」ですね。先生が言うから、親が言うからと、人に強制されてやっている状態です。

それが「東大」という大きな目標を先生に与えてもらって、自主的に勉強するようになり、勉強に対する見え方が少しずつ変わっていったのです。

進めていくにつれて、どんどん「ああ、勉強ってこういうふうに楽しいんだ」「だから勉強って大事なんだ」「だから先生はこれをこうやって勉強しろって言ってたんだ」ということがわかっていきました。「あのとき勉強しろって先生から言われて、全然納得できてなくてやりたくなかったけど、今考えると、納得できるな」と。