では、なぜYouTubeの笑いは、さんまのような芸人からは否定的にみられてしまうのだろうか?

それはおそらく、ユーチューバーの動画には「オチがない」からだ。正確に言えば、オチを前提にした構成にはなっていない。例えば、「〜してみた」という動画の場合、やってみた結果、意外なハプニングや展開が生まれ、それがオチのようになって笑いを生むことはある。しかし、必ずしもそれは意図して導かれたものではない。

さんまのような、つねに笑いをとるための計算をしている立場からすると、こうした動画はそこに潜む笑いの可能性を最大限には引き出せておらず、「ヌルい」ものとみなされる。つまり、「お笑い怪獣」のさんまにとって、笑いへの貪欲さが足りないのである。

しかしながら、ユーチューバーの動画は、お笑い芸人のネタとはそもそもベクトルそのものが異なっている。ユーチューバーにとって、結果がどうなるかに関係なく、視聴者が求めているだろうことをやってみせるのが最も重要なのであり、やってみた時点で所期の目的は達せられている。別の言い方をすれば、視聴者の代表としてなんでもやってみること、そして視聴者の共感を得てバーチャルなコミュニティーを形成すること、それがユーチューバーの目指すものなのである。

「ヌルさ」こそ最大の魅力

そうした身近なコミュニティー感覚が人気の源となっているユーチューバー集団が、フィッシャーズ(Fischer's)である。男性7人からなる彼らは、中学校の同級生である。その卒業記念に動画投稿を始めたのがきっかけだった。現在、チャンネル登録者数は663万人に上る(2021年4月4日現在)。

そんな彼らの動画の1つに「英語禁止ボウリングがおもしろすぎて全然集中できない件www」(2018年1月21日公開)がある。3400万回を超える視聴回数を記録しているこの動画では、メンバーがボウリング場でボウリングをする。だが、そこにはルールがあって、英語を使うことが禁じられている。もし使ってしまったら罰ゲームを受けるという企画だ。

実はこの企画は、『志村&鶴瓶のあぶない交遊録』(テレビ朝日系、1998年放送開始)でも恒例だったもの。だから、借り物である。だが、そこで重要なのは、企画の独自性よりも、タイトルの「おもしろすぎて全然集中できない件www」が物語っているように、長年の友人同士で時にはしゃぎながら和気あいあいと盛り上がる空気感を伝えることなのだ。

つまり、「ヌルさ」こそが、この動画の最大の魅力なのである。「ヌルさ」は避けるべきものではなく、むしろユーチューバーが積極的に求めるものである。その意味では、バラエティー番組を「戦場」であると断言し、テレビとYouTubeのあいだに厳しく線を引こうとするさんまは、間違ってはいない。