現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回紹介するのは「非常に質素な生活をして育ちました」と編集部にメールをくれた、32歳の男性だ。

「自分たちは年金を払っていないから」

「おっ、入ってたのか」

トイレのドアノブを回す音がした。扉越しに聞こえてきたのは、まるで独り言のような父親の声。これが3カ月ほど前のことだ。以来、同居している両親とは一切のコミュニケーションはない。ナツオさん(仮名、32歳)と家族との関係は“家庭内絶縁状態”といったところである。

ナツオさんの両親は自営業者。子どものころから「自分たちは年金を払っていないから、大人になったらお前が親の面倒をみるんだ」と言われ続けてきたという。これを「早く働け」という意味だと受け止めたナツオさんは、高校時代はアルバイトに明け暮れ、稼いだお金の半分を家計に入れた。その後、うつ病を発症。このため高校卒業後もどんな仕事に就いても長続きしない。ナツオさんは「この両親のもとに生まれさえしなければ、もっと自分らしい生活が、未来があったんじゃないかと思う」と訴える。

ナツオさんの半生とはどのようなものだったのか。

ナツオさんは自らが育った環境をこう振り返る。「小さいころから、いつも『うちはお金がない』と言われてきました。どこかに遊びに連れていってもらった思い出もない。食事も白米に卵焼きだけとかで贅沢なものを食べた記憶もありません」。

大人になったら両親を養わなくてはならない――。当初そのプレッシャーはどちらかというと兄に向けられていた。ところが、兄もまた高校生のときにうつ病を発症。以来、両親の“期待”はナツオさんに集中するようになったという。