「中学生のときに偶然、自分が養子だとわかった」という女性から、メッセージをもらいました。以前、当連載で紹介した、30歳を過ぎて養子だったことを知らされた女性の記事を読んで、「いてもたってもいられず」連絡をくれたとのこと。

親に深く愛されて育った彼女は、コロナ禍で聞いた母親のある言葉をきっかけに、より感謝の念を深めると同時に、恩返しできないもどかしさを強く感じているようです。彼女がなぜ、そこまでもどかしく感じるのか興味をひかれ、お話を聞かせてもらうことにしたのでした。

両親は何一つ態度を変えなかった

朋絵さん(仮名、40代)は子どもの頃、両親と、母方の祖父母と、5人で暮らしていました。母親はひとりっ子で、お父さんは婿養子の立場です。詳しいことは明かせないものの、「跡取りが必要なおうちだった」ということです。

自分が養子だとわかったのは、中学1年生のときでした。親と血縁関係がない人は、よく「小さい頃から家の中がどこかぎこちなかったので、事実を知ってショックでも、腑に落ちるところもあった」などと言うものですが、朋絵さんの場合は違ったようです。疑問を抱くことが本当になかったため、ただただ「すごいショック」を受けたのでした。

「おじいちゃんの書斎にあった手紙を、何かの拍子に見てしまって。たぶん私の、血縁のあるほう(の親)に何かあって、弁護士がよこした手紙だったと思うんですけれど。そこに養子である私の名前が書いてあった。本当に、『うそでしょ?』みたいな感じでした。結構きつかったですね。うまく言い表せないですけれど」

養子だと知ったことについて、自分からは直接、親に話せませんでした。

「言えなかったんでしょうね。ほかにそういう人、自分を生んだ存在が、いるわけじゃないですか。そのことを認めたくなかったんだと思います。たまたま中学の恩師が、すごく気にかけてくれる先生だったので、その先生にさらっと話したんですね。その先生が、母親と父親に言ったんじゃなかったかな」

そのとき両親は、どんな反応だったのでしょうか。