「東洋経済オンライン」ですっかり恒例となった「ゆく街・くる街」。コロナ禍が長引く中でも、新しい施設がオープンしたり、新たに住む人が増えたり、変化している街はたくさんある。コロナによって、日本人の住む場所に対する意識も大きく変わる中、これからどんな街が「発展」していくのか。2022年に注目したい街を紹介しよう。

渋い居酒屋の街が若い仕掛け人たちで変貌

大塚(東京)

駅そのものが新設された高輪ゲートウェイは別として、この10年余でもっとも変貌した山手線の駅といえば大塚である。かつてはデパート、花街があり、隣駅池袋より栄えた街だったが、戦後、池袋が区政、商業の中心となって繁栄。大塚は渋い居酒屋のある街として一部には知られていたものの、特徴、存在感の無い街というのが多くの人の認識だったと思う。

大塚駅北口駅前広場。中央のモニュメントの輪が光る。その先に見えているのが星野リゾートの都市型ホテルOMO5東京大塚(写真:筆者撮影)

だが、2005年に駅のバリアフリー化工事がスタート。2009年には南口、北口それぞれの駅舎解体が始まり、同年に南北の自由通路が開通した。2013年に駅南口に駅ビル「JR大塚南口ビル」が竣工し、2017年に南口駅前広場「TRAMパル大塚」、2018年に星野リゾート初の都心型ホテル「OMO5東京大塚」がオープンした。

さらに、2021年3月に北口駅前広場がイロノワヒロバ(ironowa hiro ba)として生まれ変わったことで大塚駅周辺の風景は一新された。これらの変化の前年2008年度に同駅が都内放置自転車台数ワーストという不名誉な状況だったことを考えると、よくここまで変わったものである。
 
しかも、驚くことにこの変化の萌芽は工事開始のはるか前に地元の人たちによって生まれ、住民主導で計画されてきた。

「大塚駅から半径500m内にあるすべての商店街、町会が参加して大塚駅周辺を考える会が発足したのは今から30年ほど前の、1992年のこと。駅のバリアフリー化、駅南北をつなぐ自由通路、駐輪場、駅ビル建設などをテーマにワークショップを100回以上も重ね、街の将来像を描いてきました」というのは、父の後を受けて現在も活動を牽引する一般社団法人みんなのトランパル大塚理事の城所信英氏だ。

実現のあてなく青写真を描くこと10余年。光明となったのは2000年に施行された、いわゆる交通バリアフリー法である。大塚駅は駅の南北で高低差が約1.2mあり、鉄道が南北を分断している。この解消を契機に駅周辺の課題を一気に解決できないかという発想である。

豊島区と連携し、国、鉄道事業者に働きかけた結果、同法の最初の適用事例ということで事業が決定。紆余曲折はあったものの、最終的にできた広場は地元の人たちが描いた図の通り。こうした公共事業は行政が書いたプランを地元が承認する形で決まるものだが、大塚では住民が照明計画に至るまでを作り上げており、ほぼ満額回答だったと城所氏は話す。