エミー賞9度受賞のほか、エドガー賞、米国人文科学勲章、アメリカ文学界奉仕功労賞を受賞している米国でも有数のストーリーテラーの名手ジェイムズ・パタースン。その著者が、ポール・マッカートニーをはじめとする関係者への独占インタビューを盛り込み、ビートルズ結成60周年、解散50周年、ジョン・レノン射殺から40年の節目であった2020年12月、満を持して上梓したのが、ニューヨークタイムズベストセラーにもなった『The Last Days of John Lennon』でした。

今回はその翻訳書『ジョン・レノン 最後の3日間』の中から、Chapter32・35・37・39から抜粋し、東洋経済オンライン限定の試し読みとして4日連続・計4回に分けてお届けします。

生まれるとき、死ぬとき……――「ターン・ターン・ターン〈Turn! Turn! Turn!〉」

カリフォルニア大学バークレー校キャンパスのほど近く、反戦運動家の学生たちが造ったピープルズ・パーク(人民公園)は、詩のスタンドに学生がたむろする平和な場所であるはずだった。

だが1969年5月15日、集まった人々を蹴散らそうとした警察が、学生に向けて散弾銃を発砲するという事件が発生した。この衝突の結果、1人が死亡し多数が重傷を負う事態となった。

「血の木曜日」と呼ばれたこの事件を新聞の報道で知ったジョンは、平和という大義への思いをいっそう強くした。

「新聞を読んで、呆然とした。言葉を失ったよ」とジョンは語っている。

ジョンは、すぐにでもアメリカに渡ってデモ参加者と語り合いたい気持ちに駆られた。だが、1968年の大麻所持で有罪となったのを理由に、ジョンのビザ申請は繰り返し却下されていた。