お金がいつかなくなる不安と対峙するためには、真面目に労働するしかない。そう考えていませんか?

しかし働く以外にも選択肢はあります。

石を売る、土を泥団子にして売る、魚を獲る、野草を食べる、断食するなど、お金が無くても生きていくことは可能なのです。

文筆家・脚本家、また、構成作家として多くの舞台、コントにも携わるワクサカソウヘイさんが、衣食住の呪いを解こうと体当たりで奮闘した記録『出セイカツ記 衣食住という不安からの逃避行』より、ワクサカさんが実際に体験した、経済にバグを起こすための「石とお金をめぐる冒険」を全4回連載でお届けします。

私がスネ夫に憧れていた理由

私はスネ夫に憧れていた。

漫画『ドラえもん』に登場する、骨川スネ夫。ご存じの通り、彼はブルジョアの家庭で育った男の子だ。いとこのお兄さんに作ってもらったジオラマを自慢し、「このゲームは3人用だからのび太はダメ」とストレートにのたまい、「こないだ急にラーメンが食べたくなったからパパにねだって北海道まで連れて行ってもらったんだ」とただただ金に物を言わせただけの旅行の思い出を披露して、ジャイアンを悶えさせる。

そんな感じでスネ夫は、「たまたま小金持ちの家に生まれた」という境遇を、全身全霊で受け入れ、周囲に臆面もなく発信している。当たり前だが、彼が「なんてことだ、お金がない」などと不安を口にすることなど、ない。「この炊飯器は3合炊きだから悪いけどのび太はダメ……」などと生活困窮に弱音をこぼすことも、ない。なんて羨ましいのだろう。私も母親が語尾に「ザマス」を付けて喋るような家に生まれたかった。

とはいえ、じゃあ私の生まれ育った家は「貧乏」だったのか、と自分に問うと、そういうわけでは、きっとない。

父親は「生真面目」を絵に描いたようなサラリーマンで、母親は専業主婦。私含め兄弟は3人だが、家計が具体的に切迫しているような様子は、ついぞ見たことがなかった。年に1回は家族で国内旅行に出かけていたし、車も所有していたし、クリスマスプレゼントは希望通りのものがサンタさんから枕もとへと届けられていた。

ラーメンが食べたくなったから北海道へ、みたいな大胆なエピソードはひとつもないが、でも過不足のない、なかなかに恵まれた暮らしを送れていたと思う。スネ夫ほどではないにしても、しずかちゃんの家庭ほどの生活レベルはあった、ということだ。いわば、絵に描いたような中流家庭。1日に何回シャワーを浴びても、それを咎められるようなことはなかった。