普段何気なく利用している駅が、実は昔、別の駅名だった歴史を持つこともあります。地域のイメージアップから致し方ない事情まで、駅名を変更する理由は様々です。

いつの間にか駅名が変わった、その様々な理由

 東京周辺の鉄道駅では、過去30年の間に数十件の駅名変更が行われています。沿線のイメージアップなど様々な目的で変更が行われてきましたが、中には、主に5つの重要な理由で、改称された駅があります。

理由1:施設が新規開業

 施設が開業したのに伴い、最寄り駅であることをアピールするため、施設名を冠する駅名に変更するケースがあります。

・南町田グランベリーパーク(東急田園都市線):2019年、周辺の再開発エリアの名称にちなみ、「南町田」から改称。同時に、全日で急行の停車駅となりました。

・とうきょうスカイツリー(東武伊勢崎線):2012(平成24)年、東京スカイツリー開業に伴い、「業平橋」から改称。同時に路線名にも「東武スカイツリーライン」の愛称がつきました。ちなみにこの駅、戦前にも「吾妻橋」→「浅草」→「業平橋」と名前が何度も変わっています。

理由2:施設が閉業

 逆に、駅名に冠していた最寄り施設が閉業、あるいは縮小したことにより、駅名が変更されたケースもあります。

・二子玉川(東急田園都市線、大井町線):2000(平成12)年、「二子玉川園」から改称。元々この地には、戦前から遊園地がありましたが、1985(昭和60)年に閉園となっていました。

・多摩川(東急東横線、東急多摩川線):2000(平成12)年、「多摩川園」から改称。こちらは1979(昭和54)年に閉園。上記2駅は遊園地閉園後20年近く経って、新玉川線や目蒲線の名称変更とともに一斉変更となりました。

・東京国際クルーズターミナル(ゆりかもめ):2019年、「船の科学館」から、3駅隣の国際展示場正門(現:東京ビッグサイト)駅と同時に改称。由来となった船の科学館は、2011(平成23)年から本館営業を休止し、南極観測船「宗谷」などを屋外展示するのみになっています。

・花月総持寺(京急本線):2020年、「花月園前」から改称。元々この地には花月園遊園地があり、戦後すぐに閉園した跡地には、2010(平成22)年まで花月園競輪場がありました。なおかつての駅名は、副駅名「旧駅名 花月園前」として駅名標などに残されています。

確かに変更せざるを得ない、と思う理由も

地元に密着した駅名として、地名の他に文教施設が用いられることがあります。また、駅を取り巻く変化などにより、不適当となっている駅名を変更したケースもいくつかあります。

理由3:大学が最寄りである

・獨協大学前(東武伊勢崎線):2017年、「松原団地」から改称。「若い人が多い街」のイメージとして、大学名を駅名に取り入れることにしたそうです。なおこの駅には副駅名として「草加松原」が付けられましたが、これは旧日光街道にある名勝地のことで、松並木が続く遊歩道は「日本の道100選」にも選定されています。

・東海大学前(小田急小田原線):1987(昭和62)年、「大根(おおね)」から改称。ちなみに同日、隣の大秦野駅も、秦野駅に改称されました。

・県立大学(京急本線):2004(平成16)年、「京急安浦」から、近隣にある県立保健福祉大学に因んで改称されました。なお、2018年にはコラボキャンペーンとして、約1か月半の限定で「北斗の拳立大学駅」に「改称」されたこともありました。

理由4:地元に配慮

・多磨(西武多摩川線):2001(平成13)年、「多磨墓地前」から改称。きっかけは、この地への病院の移転です。縁起が悪いとのことで、「墓地前」は駅名から無くすことになりました。同様の例として、札幌市営地下鉄南北線の「霊園前」駅が、現在の南平岸駅に改称されたケースがあります。

理由5:誤解を招くのを防止

・白糸台(西武多摩川線):2001(平成13)年、多磨墓地前駅が多磨駅になったのと同時に、「北多磨」から改称されました。理由は明快。この駅、新・多磨駅の南隣に位置するからです。多磨駅の南に北多磨駅があってはまずいと、駅の所在地の地名に変更されました。

・北新横浜(横浜市営地下鉄ブルーライン):1999(平成11)年、「新横浜北」から改称。「北」の位置が変わっただけですが、大きな意味がありました。あざみ野方面から乗った場合、「本家」新横浜駅よりも先に到着するため、駅名の冒頭から新幹線乗り換え駅の新横浜駅と思い込んで下りてしまうケースが多かったそうです。

・八広(京成押上線):1994(平成6)年、「荒川」から改称。由来はその名のとおり、駅の目の前を流れる荒川ですが、所在地は墨田区。長年、荒川区への最寄り駅と誤解されがちでした。

・日本橋(都営浅草線):1989(平成元)年、「江戸橋」から改称。東京メトロ(当時は営団)銀座線の日本橋駅と隣接し、乗り換え扱いもされていましたが、駅名は別々でした。由来となった江戸橋は、日本橋のすぐ東隣に架かる橋です。さすがにややこしいということで、駅名が変更されました。