エアバスA380、ボーイング747をはじめ、超大型旅客機の時代が終わろうとしていますが、かつては名門マクドネル・ダグラス社でも総2階建て機が計画されたことがあります。この機体、見た目A380と瓜二つ。その理由はなんとも合理的なものでした。

戦前から戦後にかけての民間航空機メーカーの超名門「マクドネル・ダグラス」

 2019年初頭、ヨーロッパの大手航空機メーカー、エアバス社は、総2階建ての巨人機A380型機について、受注した機体の完成以後、新規の注文を受け付けないと発表しました。一方、アメリカの航空機メーカー、ボーイング社も、「ジャンボ・ジェット」シリーズの747の製造を、2022年をもって終了する予定です。

 航空機メーカーが相次いで2階建ての旅客機の生産を終了する理由。それは旅客機を注文する航空会社の要求が、超大型機で長距離路線を運航することから、経済性を考慮した、燃費の良い双発機での多頻度運航にシフトしたためといえるでしょう。

 いまでこそ、旅客機メーカーの二大巨頭といえば先述の2社ですが、かつてアメリカには、もう1社超名門の航空機メーカーがありました。これが、ダグラス社(1967年にマクドネル社と合併してマクドネル・ダグラス社へ。その後1997年にボーイング社と合併)です。

 ダグラス社が生み出した機体は、かつての日本の航空会社において、話題の中心になったものばかりです。量産型旅客機における歴史の扉を開いたレシプロ輸送機DC-3、戦後草創期のJAL(日本航空)の主力機として、初の国際線を担当したDC-6B、JAL初のジェット旅客機DC-8、シリーズ累計で1000機近くが開発され、TDA(東亜国内航空。のちに日本エアシステムに社名変更し、現在はJALの一部に)でも採用されたDC-9などが代表的なモデルです。

 のちにDC-9はMD-80、MD-90系へ進化。JALでも採用された3発ジェット機DC-10はMD-11へと派生していきます。なお、「DC」という名称はダグラス・コマーシャルの英語の略字で、前述のとおり、マクドネル社と合併し、マクドネル・ダグラス社となったことで、その略称である「MD」に変わったものの、いわゆる平成の時代に入っても、ダグラス社の血統は生き続けました。

 そのようななか、同社は1990年代に、ボーイング747に対抗する超大型旅客機の開発に着手したのです。それが「MD-12」でした。

 当初のプランでは、全長、全幅、重量などの数値は747に近く、客室の通路は2本。完成予想図をみると総2階建ての機体であったことがわかります。そして、21世紀の目で見ると、思わず二度見してしまうほど、そのカタチが、エアバスA380と瓜二つなのです。

「MD-12」の総2階建て案 背景には構造上の合理性が

 MD-12の計画がスタートした当時、世界最大のキャパシティをもっていたのが、ボーイング747です。747は、開発段階において、超音速旅客機の出現後に貨物機へ転用することを念頭に置いて設計されていたことから、胴体前半部は2階建てとし、2階部分の最前部にコクピットを配置しています。つまり、前半部の断面形状はおむすび型になっているのです。ただ、構造上からいえば、与圧の関係から、真円に近いほうが効率的になります。

 747の初期型後期、タイプでいえば747-300型機からは、2階部分の延長が図られていますが、このとき実は、機体後部までお結び型にする案も検討されたようです。ただ、最終的にはこの案はかなわず、機体の途中まで2階を延長するといった結論になったのでしょう。

 ただし、新たな超大型輸送機を開発するとなれば話は別で、最初から効率の良い真円で機体全体を構成することができます。このことから、MD-12は完成予想図のような総2階建ての構造になったものと思われます。

 しかし、MD-12のプランが世に出たころには、双発機が国際線を飛ぶような時代になりつつあり、超大型機を新たに開発するにしても、以前ほどの「追い風」、すなわち航空会社からの大きな要望はなかったようです。マクドネル・ダグラス社は、台湾の航空機メーカーとの協同開発などを模索しますが、結局はエアラインからの積極的なオファーがなかったために開発はとん挫。また、マクドネル・ダグラス社自体も経営が上手くいかなくなってたことから、ボーイング社に吸収されてしまい、MD-12は誕生することなく消え去ったのです。

幻の「MD-12」 そっくり機の「A380」と比べると?

 一方で当時、エアバス社は新興の航空機メーカーであったものの、A300やA320の成功から快進撃を始めたところであり、長距離国際線も飛べるようなA330やA340の開発・生産も手掛けるようになりました。そのようななか、さらなる飛躍を求めて1990年中頃からA3XXという超大型旅客機の開発にも着手します。

 A3XXの開発は、奇しくもMD-12の計画が公になった直後で、エアバス社は一時、ボーイング社との提携も模索したものの、最終的には単独で開発を進めます。これが、2005(平成17)年に初飛行したA380です。ちなみに一説には、A380の「80」は800人乗りから来ている、というハナシもあります。

 A380は双発機全盛時代にデビューしましたが、その巨大さからパワー不足を回避するためエンジンは四発です。胴体は、ボーイング747と比べて真円に近い形になっています。つまり、MD-12とコンセプトが近いので、形状もそっくりになってしまったといえるでしょう。実はA380の方が、計画時のMD-12と比べると、全長、全幅とも約10m程度大きいのですが、外観のアウトラインは極めてよく似ていました。

 MD-12は、パリやファンボロ(イギリス)のエアショーで配布するための簡単な小冊子が作られています。これによるとMD-12には、席数が多いタイプ、長距離タイプ、胴体延長タイプ、そして双発タイプなどまであり、各国の航空会社の要望にあわせて様々なモデルを提案できるようにしていたようです。もしかすると席数の多いタイプは、日本の国内線に向けて提案することを前提にイメージした可能性もあるかもしれません。

 ちなみに、ポーランドには実際に空を飛んだMD-12が存在します。ただ、こちらは1959(昭和34)年に初飛行した四発レシプロ輸送機で、3機しか製造されていません。