かつて軍艦は、その速力が戦果を左右する重要な要素でしたが、カタログスペックと実測値とで大きく異なることが多々あります。近代戦艦のスピードを比較します。

戦艦「大和」の最高速度は、カタログ上では27ノットだった

 世界最大の戦艦として広く知られる旧日本海軍の戦艦「大和」。この艦はカタログスペック上では最高速度27ノット(約50km/h)といわれますが、乗組員の証言では29.3ノット(約54.3km/h)まで出したことがあるという話も。

 一方、アメリカ海軍に目を向けてみると、アイオワ級戦艦は公称33ノット(約61.1km/h)とされているものの、大戦後の1968(昭和43)年には35ノット(約64.8km/h)台を記録したことがあります。

 このように、軍艦のスピードはカタログ値と実測値で大きく異なることが多々あります。そこで、近代戦艦に限定しつつ最大速度を比較・解説します。

 そもそも第2次世界大戦までの軍艦同士の海戦は、基本的には目視で敵艦を見ながら、自艦の大砲を撃ったり魚雷を放ったりするものでした。軍艦の速力には重要な意味があったといえるでしょう。

 実例として、第1次世界大戦中の1915(大正4)年に起きたドッガーバング海戦を挙げましょう。この海戦では、イギリス艦隊とドイツ艦隊が戦火を交えましたが、このときイギリス艦隊は、最高速度27.5ノットから28ノット(約50.9km/hから51.8km/h)の巡洋戦艦3隻でドイツ艦隊を追撃しています。

 ドイツ艦隊は巡洋戦艦2隻が27ノットから28ノット(約50km/hから51.8km/h)と高速でしたが、旗艦「ザイドリッツ」は最高速度26.5ノット(約49km/h)、装甲巡洋艦「ブリュッヒャー」は同25.4ノット(約47km/h)とやや低速でした。

 このときイギリス艦隊にも最高速度25ノット(約46.3km/h)代の巡洋戦艦2隻がいました。しかし、遅い2隻を連れているとドイツ艦隊を取り逃がすと考えたイギリス側は、高速の3隻だけで追撃しています。

 ドイツ艦隊の判断は「イギリス艦隊は艦隊の速度を、25ノット台の遅い巡洋戦艦2隻に合わせるだろうから、我が艦隊に25.4ノットのブリュッヒャーがいても逃げられる」というものでした。が、イギリス側は速い3隻で打撃を与えて、ドイツ艦隊の速度を落とせばいいと判断したのです。結果としてブリュッヒャーは撃沈され、ザイドリッツも大破しています。

 もし、イギリス側の速い巡洋戦艦が1隻だけだったら、袋叩きに合うことを警戒して、遅い艦に合わせて行動し、ドイツ艦隊を取り逃がしていたかもしれません。

 逆に、ドイツ艦隊全艦が29ノット(約53.7km/h)で動けたなら、イギリス側は攻撃手段がなかったともいえます。

第1次大戦後ますます高速化 40ノット超えも

 第1次世界大戦以降、各国の軍艦はますます高速化していき、戦艦より一回り小さい巡洋艦は30ノット(55.6km/h)以上出ることが当たり前になっていきます。駆逐艦に至っては40ノット超えの艦も登場するようになり、なかには駆逐艦史上最速の45.25ノット(83.8km/h)を記録したフランス駆逐艦「ル・テリブル」の例も。脚が速ければ、強大な戦艦にも肉薄して魚雷攻撃を仕掛ける機会が生まれますし、敵艦の頭を抑える戦術機動でも優位に立てるため、速力は重要でした。

 旧日本海軍では1941(昭和16)年に行われた演習において、金剛型戦艦4隻からなる第三戦隊が、29ノット(約53.7km/h)での昼間教練射撃を行っています。この演習は平均射距離25.5kmの遠距離射撃でしたが、初弾命中を得ています。

 金剛型戦艦の最高速度は30ノット(約55.6km/h)なので、それにほぼ近いスピードで航行しつつ、実戦さながらの最高速度での遠距離砲戦を行ったといえるでしょう。

 最高速度27ノット(約50km/h)で「遅い」と批判される大和型戦艦も、大和が1942(昭和17)年6月に28.5ノット(約52.7km/h)、武蔵も公試で28.1ノット(約52km/h)を出すなど、カタログ値を上回る速度も記録しています。なお、冒頭に記したとおり、一部の乗組員の証言では29.3ノット(約54.2km/h)を記録したという話もあります。

 大西洋に目を転じてみると、1934(昭和9)年に就役したドイツのドイチュランド級装甲艦も「15〜20cm砲の巡洋艦を圧倒する28cm砲」と「当時の戦艦では大半が追い付けない26ノット(約48km/h)の速度」を有し、戦略的に対抗が難しい艦型と考えられていました。なお、装甲艦は26ノットが公表値でしたが、「アドミラル・グラーフ・シュペー」が公試で28.5ノット(約速53km/h)を記録するなど、実際には28ノット(約52km/h)を超えていました。ドイツのビスマルク級戦艦も、公表値は最高速度27ノット(約50km/h)でしたが、実際にはテストにおいて30.8ノット(約57km/h)を記録しています。

 これら日独の戦艦たちを上回る俊足ぶりといえるのが、アメリカのアイオワ級戦艦です。カタログ値では最高33ノット(約61.1km/h)ですが、1968(昭和43)年に、戦艦での世界最高速力35.4ノット(約65.6km/h)を記録しています。同時に、戦時中では対空火器の増加などで排水量が増えたこともあり、「機関に過負荷をかけない最高速度は30ノット(約55.6km/h)」と規定されています。

 ちなみに、軍艦の最高速度は速度計測時の水深や、海流の流れ、風向き、燃料や弾薬の消費状態などで変化します。水深は浅い方が水底の影響を受け速力が増し、燃料や弾薬の搭載量が少ない方が、船体そのものが軽くなるため、速力が出ます。そのため、前述したような速力はあくまでも目安でしかありません。

現代の各国軍艦は速力30ノット前後に…なぜ?

 では、上述したように第2次世界大戦まで高速化する一方だった各国の軍艦が、おしなべて21世紀の現在、速力30ノット前後に落ち着いたのはなぜでしょう。

 それは、航空機やミサイル、誘導爆弾の進歩によるものが大きいです。例えば、米国の開発した対艦ミサイル「ハープーン」は124〜315kmの射程距離を持ち、かつレーダーによる誘導で高い命中率を誇ります。水上艦艇の速力が数ノット違っても、戦術機動でミサイルの投射量を増やせたり、誘導爆弾を回避できたりするわけではありません。現代では機関出力よりも兵器搭載量など、別のリソースに重量を割くことが妥当ということです。

 結果、現代の水上艦は敵艦と速度比べをする場面も少ないことなどから、高速力へのこだわりは見られなくなったといえるでしょう。海上自衛隊護衛艦など、現代の水上艦の多くが最高速度30ノット(約55.6km/h)とされています。とはいえ、この数字はあくまでも公表値、すなわちカタログスペックのため、実際にはさらに速く航行できるといわれています。

 ちなみに21世紀の現在、国内航路の長距離フェリーに乗ると、前述した旧日本海軍の戦艦のスピードを疑似体験できます。たとえば新日本海フェリーの「はまなす」「あかしあ」は、航海速力30.5ノット(約56.4km/h)と、金剛型戦艦並みの速度を誇ります。

 同じく「すずらん」「すいせん」は航海速力28ノット(約51.9km/h)、太平洋フェリーの「いしかり」「きそ」は最大速力26.5ノットから26.73ノット(約49km/hから49.5km/h)の高速力で航行しています。こうした形で過ぎ去った歴史に思いを馳せるのも、おもしろいのではないでしょうか。