近年、技術遺産として維持・保管の機運が高まりつつある旧日本軍戦車。国内にわずかに残る旧日本軍車両のなかにあって、レア度などから存在感が際立つ「三式中戦車」がたどった戦後の運命を振り返ります。

国内に現存する奇跡の1両、土浦の三式中戦車

 近年、かつて太平洋戦争などで用いられた旧日本軍の兵器を、戦争の遺品としてではなく技術遺産として正当に評価し、保管しようとする機運が高まっています。

 2019年には、イギリス人コレクターが所有し、オリジナルのエンジンで動くまでにヨーロッパで修復された九五式軽戦車を、静岡県のNPO法人が購入した事例は、日本国内において大きな話題となりました。

 しかし現在、国内に保存されている旧日本軍の戦車はごくわずかです。まず、戦時中に主力戦車として活躍した九七式中戦車は、元搭乗員であった日本人の尽力で中部太平洋のサイパン島より2両が日本に帰還、都内と静岡県で1両ずつ保存展示されています。また九七式中戦車の前のタイプである八九式中戦車は1両が茨城県にある陸上自衛隊の土浦駐屯地・武器学校において動態保存されています。

 この土浦駐屯地・武器学校にはもう1両、貴重な旧日本軍戦車が保存されています。それが「三式中戦車」です。この戦車が戦後、どのように発見され土浦で余生を過ごすようになったのか、ひも解いてみましょう。

 そもそも発見したのは、日立製作所で陸上自衛隊の車両開発に従事し、戦車研究の第一人者としても知られる竹内 昭氏(故人)。

 ハナシは戦後間もないころ、竹内氏が元陸軍技術少佐で戦車開発者の猪間駿三氏の元を訪ねたところからはじまります。

大学生が発見した激レア戦車 復活計画の機運も

 生前、竹内氏が筆者(吉祥寺怪人:ライター/編集者)に語ってくれたハナシをもとにすると、猪間氏から当時、東京・赤羽にあったアメリカ軍の武器補給処(TOD:Tokyo Ordnance Depot)に「チホ」なる戦車が置いてあると聞いたそうです。

「チホ」とは47mm砲搭載の試作戦車で、現存する写真や資料が少ないため、今でも謎多き戦車です。1957(昭和32)年7月、大学生だった竹内氏はそれを確かめるためTODへ出向きます。猪間氏によると「第1地区正門にある」というので、そこへ向かうと……そこには「チホ」ではなく、なんと長大な75mm砲を備えた「チヌ」、すなわち三式中戦車が鎮座していたのでビックリしたということでした。

 奇跡の大発見に興奮を抑えられない竹内氏は、さっそく衛兵(アメリカ兵)に撮影許可を求めますが、「NO!」の一点張りで埒があきません。ただ、諦めきれない竹内氏は後日、大胆にもアメリカ軍司令官宛に懇願の手紙を書いて送ったところ、意外にもあっさり「OK」の返事が。これにより、翌8月中旬、TODを再訪して思う存分、三式中戦車を撮影したそうです。

 竹内氏のハナシでは、1957年時点での三式中戦車の状態は以下のようなものだったといいます。まず全体はアメリカ軍のOD(オリーブドラブ)で塗られていたものの、操縦席、車体前面の牽引基部、消音器などは残っており、各ハッチは可動したとのこと。また車体前部には「軍事機密」と書かれた銘板がついていたということでした。

 その後、TODは閉鎖されますが、陸上自衛隊が施設の運用を継続、運良く三式中戦車も廃棄されずに土浦の武器学校へと移送されることになりました。さらに当時、三菱重工に保管されていた統制型一〇〇式発動機を用いてレストアし、動態保存する計画も立案されます。

 そして約100万円(当時)の予算がついて作業が開始されたのですが、なぜか約9割まで進んだところで計画はストップしてしまいます。じつは陸上自衛隊の人事異動で武器学校長が交代、新校長により作業中止の命令が下るという、官公庁にありがちな事態が起きていたのでした。

映画出演のオファーが!

 しかし、三式中戦車は復活に向けて新たな縁を呼び込みます。なんと、のちに国民的映画シリーズ『男はつらいよ』で広く知られるようになる山田洋次監督の新作映画に、動く戦車を出したいという相談が竹内氏の元に舞い込んだのです。

 山田監督で戦車といえば、昭和の日本映画ファンならわかる人もいるかもしれません。ハナ肇主演の『馬鹿が戦車(タンク)でやってくる』(1964年、松竹)、この作品に出すためでした。

 竹内氏は、映画のあらすじからすると八九式中戦車のほうが似合うと思いつつも、あと少しで復活する三式中戦車を推薦。山田組スタッフはさっそく陸上自衛隊武器学校に打診しますが、なんと稼働状態にあった統制型エンジンはすでに廃棄されたあとで、三式中戦車の復活&映画デビューは夢と消えてしまったといいます。

 余談ですが、『馬鹿が戦車(タンク)でやってくる』でスクリーンに登場した「愛國87号」は大原鉄工所の雪上車「吹雪号」を改造したものでした。幅広の履帯はそのままに、鉄板でできた車体の存在感はたっぷり。完成した映画を観ると、やはり内容的に巨大な三式中戦車では違和感があったかもしれません。

 さて話を三式中戦車に戻しましょう。

 太平洋戦争を生き残り、戦後も前述したような紆余曲折を経て陸上自衛隊の土浦駐屯地・武器学校に残る三式中戦車は、経年変化により装甲板のあちこちにヒビが入るなど痛々しい姿でいまに至ります。しかし操向変速機やエンジンは残っていますので、再生の可能性はゼロではありません。

 その作業には億単位の費用がかかることでしょう。ただ、冒頭に記したように不動状態にあった九五式軽戦車がレストアによって可動できるまでに復活した例はあります。三式中戦車も、これまで何度かあったスクラップになりそうな時期を、幸運を呼び乗り越えてきたわけですから、いつか最後の力で蘇る日が来るかもしれません。