2020年に九州南部を襲った豪雨被害で運休を余儀なくされていた「くま川鉄道」が、一部区間で運転を再開します。その代替バスは、列車1本あたりで最大11台が運用されるなど、鉄道の役割を改めて認識する機会だったとも言えます。

17か月ぶりに運転再開 通学の頼みの綱・くま川鉄道

 2020年7月から豪雨災害により運休が続いていた熊本県南部の「くま川鉄道」が、2021年11月28日(日)に肥後西村(にしのむら)〜湯前(ゆのまえ)間18kmで運行を再開します。

 JR肥薩線の人吉駅に隣接する人吉温泉駅から、球磨盆地の東端に位置する湯前駅まで24.8kmを結ぶこの路線は、元・国鉄湯前線です。1989(平成元)年に沿線市町村などが出資する第3セクター方式のくま川鉄道、通称“くま鉄“に転換して現在に至ります。沿線には熊本県人吉市、錦町、あさぎり町、多良木町、湯前町があり、周辺10市町村を含めた都市雇用圏としての人口は9万人弱。被災前は各町の主要駅周辺の賑わいに驚かされたものでした。

 この路線は国鉄時代から通学利用の多さで知られ、現在でも乗客の8割を沿線の4高校(人吉高校、球磨中央高校、南陵高校、球磨工業高校)への通学利用が占めています。さらに2019年には多良木高校が統合により閉校し、15kmほど離れた球磨中央高校(旧・球磨商業高校の校舎を利用した新設校)に通う必要が生じたため、通学の定期利用者が2割も増加。通学時間に運行される3両編成の列車(KT-100形、定員110名程度)は、朝晩には混雑率130%という、大都市通勤路線のそれに匹敵していたほどです。

 しかし、「令和2年7月豪雨」による球磨川の氾濫で、保有する5両の気動車すべてが浸水したほか、球磨川第四橋梁の流失が何よりの痛手となり、再開の目処もつかないまま全面運休を余儀なくされました。

 車両だけでなく、橋梁の復旧には何年もかかることが見込まれ、沿線町議会では当初、負担の懸念から路線バスやBRT(バス高速輸送システム)などへの置き換えも検討されました。しかし熊本県の鉄道復旧への判断は早く、施設の保有を自治体に移す「上下分離方式」などの条件をクリアした上で、「特定大規模災害等鉄道施設災害復旧事業費補助」に基づいて復旧費用の97.5%を実質的に国が負担、運行再開へ向けて動き出すこととなりました。

 県や沿線自治体により「鉄道復旧が最適」という決断が早期に下されたのも、朝は気動車3両を連結してもギリギリという状態が続いていた鉄道のリリーフ役として、バスによる大掛かりな代替輸送体制が敷かれているためです。

ローカル線の代替バスに20数台体制 まさに“ひっきりなし”

 代替バスにより球磨地域の通学はどう変わったのか、実際の朝晩のラッシュの様子を“見たまま観察”してきました。

「くま川鉄道 代替輸送バス」の時刻表には、鉄道の列車番号とともにバスの台数を示す「大1・小1」(大型車両1台・小型車両1台)などの数字が記載されています。最もバスの出動が多くなるのは湯前を7時10分に出発する列車番号「4D」の代替で、始発の時点では大型バス2台、ここに多良木駅で大型2台・小型2台が追加され、あさぎり駅ではさらに大型2台が追加、合計8台での運行と記載されています。なおこの便、一時期は11台のバスを稼働させる旨が明記されていましたが、今でもそれに近い台数が動いているようです。

 また、あさぎり駅では各駅の代替停留所に停車するバスとは別に、鉄道と違うルートをたどる「人吉高校直行便」「球磨工業高校直行便」が発車していきます。そして各駅停車便は球磨中央高校(肥後西村駅の代替え停留所扱い)で同校の敷地内に乗り入れ、玄関前のロータリーで生徒の降車扱いを行います。

 球磨中央高校のロータリーでは、バスの定刻である朝7時58分の6分前から九州産交バスの大型車両や、つばめ交通はじめ地元バス会社の小型車両など、数えた限り9台が次々と敷地内に進入し、全てのバスが出発した時には10分以上が経過していました。なお同校はもともと生徒の8割が鉄道で通学していたため、昨年7月の災害発生時には臨時休校を余儀なくされたのだとか。

 他の便でも、朝の「2D」代替(湯前駅6時発)、夕方の「23D」「25D」代替(人吉温泉発)などで大型バスを中心に4〜6台で対応しています。相良藩願成寺駅が最寄りとなる人吉高校の代替バス停(九州道 人吉IC南東)では、夕方4時台にバスを待ち構える数十人の高校生の行列が途切れず、時刻表に記載されていない2台の小型車両がプラスで運用についていました。

 その他の運行便も含めて、平日朝には上り・下りで少なくとも20台以上のバスが動いているようで、産交バス人吉営業所の敷地いっぱいにバスが停車している様子からも、代替バスのために輸送能力をフル活用している様子が伺えました。

バス営業所も大被害 鉄道あってこその地域

 被災したのは鉄道だけではありません。代替バスの多くを担う産交バス人吉営業所も、氾濫によって27台中25台のバスが水没しています。いま運行されている路線バスの車両も、三角(みすみ)や松橋(まつばせ)など県内にある営業所の古いバスが目立ち、まだ立て直しの途上にあるといえそうです。

 一方、鉄道代替バスの運用についている貸切バスは新車が目立ちますが、球磨地方の主要産業である観光が復活してきており、取材した日もレジャー利用に数台が出動していました。高齢化などでバスに限らず労働人口そのものが限られている球磨地方で、朝晩のわずかな時間のみ大掛かりとなるバス輸送体制の難しさも、鉄道の早期復旧の判断につながったのではないでしょうか。

 また現地では、球磨地方の通学事情に合った鉄道の線形の良さも再認識させられました。被災した球磨川第四橋梁の前後では、球磨川水系の数本の川が合流する広い三角州を渡る形で、人吉市街地がある球磨川北岸と他の自治体が連なる南岸を結んでいますが、並行する国道219号は球磨川北岸から遠ざかるようなルートをたどります。鉄道のルートをトレースする代替バスは、球磨川を渡る区間で、大型車両の運行に適さないクネクネとした道路を進むなど、その運行はスムーズとは言い難いものです。

“くま鉄” の「地形的にネックになる場所を鉄橋で短絡している」「複数の高校を最短距離で結んでいる」という利点は、再開に向けた工事が続く人吉温泉〜肥後西村間があってこそ。この利点の価値が全線復旧につながったとも言えますが、背景にある住民の“熱意”も大きいでしょう。

 というのも、鉄道の設備周辺を清掃する人々の多さに驚かされたからです。宿泊で滞在した多良木でも住民の方がこまめに駅清掃を行っているそうで、1年以上も運休が続く鉄道がここまで保たれているのも珍しいのではないでしょうか。被災の度合いもあり単純に比較はできませんが、同様に被災し、ほとんどの設備が放置されているJR肥薩線の現状と、あまりにも対照的です。人吉・球磨地方における“くま鉄” の存在の大きさこそが、鉄道を復活に導いた何よりの原動力なのかもしれません。