「ホンダジェット」で脚光を浴びる“日の丸ジェット”ですが、かの三菱重工に、それよりはるか昔に成功を収めた飛行機が存在します。「MU-2」と呼ばれるこの機体、こちらもかなりユニークな飛行機です。

500機以上の売り上げを記録「国内初のビジネス機」

 2021年、ホンダ傘下のホンダ・エアクラフト・カンパニー(本社は米国)が手掛けるビジネス・ジェット「ホンダジェット」シリーズでは新機種が発表。大きな区分では“日の丸ジェット“といえる同シリーズは、堅調な売れ行きを記録しています。

 ただ、“日の丸ビジネス機”を掲げるモデルのなかには、目立たないながらも500機以上のセールスを記録したものがあります。ホンダジェットはもちろん、開発凍結となったMSJ(三菱スペースジェット)よりもはるか昔、かの三菱重工が手掛けた国内初のビジネス機として知られるターボプロップ機「MU-2」です。

 試作初号機は、1963(昭和38)年9月に初飛行しました。当時は戦後最初の航空機開発として国を挙げYS-11の開発が進められていたものの、それが佳境を迎え、各メーカーが未来を見据え自社開発にも着手し始めた時期でした。

 三菱重工では、YS-11よりひと回り小型の機種とし、アメリカでの販売を前提に開発。STOL(短距離離着陸)性能や、レシプロ・エンジンが一般的だったこのクラスの民間機では珍しく、先進的なターボ・プロップ・エンジンを搭載するなど、高性能で独自性のある機種を目指したほか、ビジネス機として居住性、整備性、経済性がよいことなどを念頭に開発を進めました。

 その結果、アメリカのプロペラ・ビジネス機と同じ程度の大きさで、客室を与圧(上空で気圧を高め、人為的に地上に近い環境とし快適性を上げる)できるものとしました。また、高速性を得るために車輪を全て引き込み式とし、主翼幅いっぱいに後縁フラップ(高揚力装置)を採用します。このことにより離着陸のさい、翼の面積を競合機と比べて大きくすることができ、より低速での離着陸を可能にし、STOL性能の向上に寄与しました。

 結果、MU-2は独特の形状となりました。ただ、それゆえに、通常の旅客機とは異なる翼の使い方をする飛行機となったのです。

なにが違うの?普通の飛行機と「MU-2」

 通常の飛行機は旋回の際、主翼左右後縁で、互い違いに作動する動翼「エルロン」を用いて機体を傾けます。ただ、MU-2ではその部分をフラップとしてしまったために、エルロンを設置できないのです。そのため、同機では主翼前縁の部分を互い違いに動かすことで機体を傾けます。

 通常、主翼には「スポイラー」という動翼が備わり、主に抵抗板として減速に使用します。現代のジェット旅客機の着地した瞬間に、後方に立ち上がる主翼上面後方の板がこれです。MU-2では、この「スポイラー」を左右別々に作動させることにより機体を傾ける、一風変わった方法をとったのです。

 このような設計をもつMU-2は、デビュー後、国内では、航空自衛隊の救難機や飛行点検機、陸上自衛隊では高速連絡機、民間機では新聞社の連絡機などとして採用、現在ではほとんど引退しています。ただ諸外国にも販売されて、YS-11よりはるかに多い売り上げを記録しました。アメリカでは今も現役で飛んでいます。

 戦後の“日の丸”飛行機では、屈指の成功作となったMU-2ですが、実は、その主戦場とされたアメリカでの販売において大きな苦労をしています。

MU-2は米でどう苦労? ホンダジェット成功の理由とも関係?

 日本の航空機をアメリカ国内で販売する場合、様々な制約が課せられます。直輸入の場合、機体部品の構成比率に制限があり、アメリカで組み立てたものはアメリカ製とする、というのがその一例です。

 MU-2ではその規制を突破しようと、当初は三菱重工名古屋工場で組み立て前の状態まで製造し、アメリカのメーカーに組み立てと塗装を依頼することで、アメリカ製品として販売していました。

 その後、アメリカ国内での販売は好調だったものの、最終組み立てと販売を行ったメーカーがつぶれてしまいます。そこで、アメリカに三菱重工の子会社を設立し、最終組み立ての上、販売することにしたのですが、ここで使用部品の割合が引っかかってしまい、アメリカ製部品を調達する必要が生じ、同社の社員さんは価格の面で非常に苦労されたようです。そうなると、「ホンダジェット」がアメリカに本拠を構えたのは、もしかするとそういった教訓を生かしたのかも――などと勘ぐってしまいます。

 前出の通り日本でMU-2の運用はほとんど終わっていますが、特にアメリカではMU-2の愛好者が今でもいるようで、三菱重工はサポート体制を維持しています。

 ただ一方で、高速機をねらいつつ操縦性能もよいがゆえに、操縦に関しては少し独特なようで、事故も報告されています。メーカーでもその辺りには注意を注いでおり、サポート体制の一環として、MU-2への機種変更におけるマニュアルが存在するとか。

 プロに愛され“ホット・ロッド”とも称されたMU-2は、2022年現在、国内の博物館などでその魅力の一端である外形を窺い知ることができます。