ウクライナのアントノフ社が旧ソ連時代に設計した飛行機には、一風変わったデザインのものが存在します。そのひとつが、エンジンが主翼の上にある輸送機「An-72」です。なぜこのようなレイアウトとなったのでしょうか。

たった600mの滑走路で離着陸できる?

 旧ソ連・アントノフ設計局、現在のウクライナにあるアントノフ社が生み出した飛行機は、いわゆる当時の西側諸国ではまずお目にかかれないような、一風変わったデザインのものが存在します。もっとも有名なものはこのほどの戦乱で破壊された、世界最大の飛行機An-225ですが、エンジンが主翼の上にある輸送機「An-72」もユニークな存在でした。

 An-72は、1970年代中盤から計画が始まり、1977年に初飛行。1984年から1992年までに合計で114機が製造されました。形状こそユニークですが、サイズは全長約28m、全幅約32mで、比較的ジェット輸送機としては小ぶりともいえるでしょう。

 そしてAn-72は、いわゆる「STOL機」というカテゴリに入ります。STOLはshort take off and landing aircraftという英語を略したもの。つまり「短距離で離着陸できる性能をもつ飛行機」のことです。An-72の場合、たとえ通常の滑走路のように整備されていなくとも、600mの長さがあれば離着陸ができる設計だったと公表されています。

 胴体設計は、貨物の搭載や、搭乗者の乗り降りをスムースにするため、短い脚を主翼やエンジンに取り付けずに胴体下へ配置。後部ドアは左右に開くようになっています。ただ何よりもユニークなのは、そのエンジン配置。これも同機の強みである、STOL性能向上のための工夫のひとつです。

翼の上のエンジン 何がメリットか

 An-72で採用された、エンジンを主翼の付け根上部に配置するレイアウトでは、ジェットエンジンから噴射された空気が、半ば強制的に主翼面上、主翼のフラップ(高揚力装置)に流れます。このことで機体を持ち上げる力が増す「コアンダ効果」が生じ、通常のエンジンの配置を採用する機体より、低速での離着陸が可能になるとのことです。ただ一方で、効率の良い高速巡航は不得手で、設計上も排熱に耐える特別な仕様を必要とします。

 実はこのAn-72、輸送機の歴史においても意義があるモデルです。というのも、1970年代、輸送機におけるSTOL機の開発が米ソで盛んになりましたが、An-72は、それらのなかで唯一実用化されたSTOL機ということができるためです。

 輸送機の歴史では、条件の悪い飛行場で運用できるモデルの開発が、一種の流行になった時期がありました。たとえばアメリカ空軍では、ボーイング社にC-14、ダグラス社にC-15という研究機の開発を発注し、どちらも1970年代に初飛行しました。ただ、こちらは開発費だけでなく様々な分野で経費がかさむことから実用化にはいたりませんでした。

 日本でも、1970年に初飛行したC-1の離着陸性能を改善するため、航空研究所(NAL)がSTOL実験機「飛鳥」を川崎重工に発注し、1機だけで実験飛行を実施。ただ、こちらも実用化には至っていません。

 そのようななか実用化されたのが、このAn-72。同型機が数少ないSTOL機となったのは、旧ソ連の運用する飛行場の設備が、他地域よりも短距離離着陸の必要性が高く要求される場所が多かったことが一つの要因であったともいえます。

 ちなみに、An-72はエンジンの配置などが「飛鳥」にそっくりではあるものの、開発はAn−72のほうが、10年ほど早く取り掛かっています。

珍デザインは共通!「An-72」の兄弟たち

 An-72には派生型も存在します。北極圏での使用に堪えられるような装備をしたAn-74、早期警戒用のレーダーを尾翼に取り付けたAn-71などです。

 ちなみに冷戦下の“西側諸国”で構成されるNATO(北大西洋条約機構)では、ソ連製の機体にコード・ネームを付けており、An-72は「コーラー」でした。一方ロシアでAn-72は、大きな耳をもつルックスが特徴であるソ連時代のアニメ・キャラクターにちなみ、「チェブラーシカ」という愛称が付けられていたそう。確かに前方から見たAn-72は、エンジンが“大きな耳”に見え、「チェブラーシカ」に似ています。

 なお、同機を手掛けたアントノフ社の公式Twitterによると、このたびのロシアの軍事侵攻により壊された同社の飛行機は、世界最大の飛行機An-225「ムリヤ」だけではないとのこと。そのなかには、An-72の系譜を汲む、An-74も含まれていたそうです。

 先述したとおり、いまのところ、中型ジェット輸送機のSTOL機はAn-72しか成功とはなっていませんが、今後、同様の「短距離離着陸ができるジェット機」というコンセプトの機体が生まれるのでしょうか。その行方は、まずはこのたびの騒乱が収まってからとなりそうです。