長らく野ざらしとなりボロボロだった福井鉄道200形203号車が、イベントで6年ぶりに自走しました。昭和以来の同社の顔でありながら、不遇にも消えた車両。なぜ今、再び走らせるに至ったのでしょうか。200形への思いを福井鉄道に聞きました。

唯一現存する203号車

 2016(平成28)年に引退した福井鉄道200形電車203号車の自走イベントが、2022年6月5日(日)に北府駅(福井県越前市)構内で開催されました。引退後、長らく車両工場の側線で留置されていたので、自走するのは実に6年ぶりのこと。なぜ走らせたのか、そして203号車はこれからどうなるのでしょうか。

 福井鉄道200形は1960(昭和35)年から1962(昭和37)年にかけて製造された生え抜き車両で、「湘南型」と呼ばれる正面2枚窓などが人気を集めました。全3編成のうち201号車、202号車はすでに解体済み、203号車が現存する唯一の車両です。

 203号車は、愛称「FUKURAM」(フクラム)で親しまれる超低床車両F1000形電車3編成目の導入により引退。前述のように、特に鉄道ファンから人気の高い車両でしたが「さよならヘッドマーク」の掲出などといったイベントは行われず、ひっそりと姿を消していました。

 なぜ203号車は解体を免れ、今まで留置されてきたのか。それは「なんとか保存したい」「将来の観光資源にしたい」といった理由によります。お話を伺った福井鉄道営業部の白崎正臣さんは「後継車両は200形を基本設計に、リスペクト車両として自社で製造したほど」と話し、社内でも非常に強い思い入れがあったとわかります。なお、リスペクト車両とは、1981(昭和56)年廃止の福井鉄道南越線で最後まで運行された130形電車を指します。

「残してほしい」各所から挙がった声

 長らく野ざらしの状態だった203号車を自走させるに至ったのは、地元の越前市が進める「北府駅鉄道ミュージアム整備事業」の一環として、「現役時代の姿」に復原されることが決まっているためです。

 事業に携わる越前市総合交通課の水谷澄人さんは、「以前から、鉄道友の会福井支部や、北府駅を愛する会(市民活動団体)などから熱心な保存要望をいただいていた。2016年度には保存を希望する3193名分の署名簿を提出いただいた。また、車両補修工事費用のために、2021度に行ったクラウドファンディングには、168名から375万円もの寄附額が集まった。こういった方々に、現在の姿を最後に見ていただく機会として開催した」と話します。

 自走イベントでお見えした203号車は、2007(平成19)年に「リバイバル」として運行開始当時のカラーリングに戻された車両でした。ということは、時間の経過により確かにボロボロになってしまったものの、すでに「現役時代の姿」だったといえますが、そうでもないのだとか。

「実は、デビュー当時の写真ですとか、社内にある40分の1サイズの模型と見比べると、色が少し違っているのです。またリバイバルでは『福鉄』のヘッドマークを掲出しましたが、かつてのヘッドマークは種別と行先が書かれたものでした。そこで今回の整備にあたっては資料や写真、それに模型を参考にしながら、塗料も含めて忠実に再現していきます」

 白崎さんが熱を込めて語ります。

運転士や指令も経験 白崎さんが200形に寄せる思い

 構内でのイベントとはいえ、6年もの歳月にわたり留置したままだった車両を自走させることへの不安はなかったのか気になりますが、「整備担当者との打ち合わせなどで“イケる!”の確証が得られた」とのこと。当初は150mの構内を1往復するだけだったところ、想定よりもコンディションが良かったことから1時間半で3往復走らせるとともに、予定にはなかったドアの開閉や、ホームの高さが異なる鉄道線と軌道線を直通するために有していたドアステップの出し入れなども披露しました。

 今後203号車は、福井鉄道の車両工場内で補修工事を行い、2023年春ごろから北府駅鉄道ミュージアムに展示される予定です。

 ちなみにお話を伺った白崎さんは運転士、指令を経験されてきた方。もともと車両への関心は「運転のしやすさ」など、実務面に留まっていたそうですが、広報業務に携るなかで200形の思い出をOBの方からヒアリング、そして文献・資料にあたっていくうちに、いつしか車両への愛着も芽生えてきたそうです。「大正生まれのデキ11、昭和生まれの203号車、平成生まれのFUKURAM、それに令和生まれのFUKURAM Liner(2022年度導入予定)を並べてみたい」と個人的な展望も打ち明けてくれました。