2022年7月、秋田〜青森間で急行「津軽」が臨時運行されました。「津軽」は1993年まで定期運行されていましたが、東北の人々にとって、ある意味特別な列車でもありました。現行の「つがる」になるまでを振り返ります。

リバイバル運行された急行「津軽」

 2022年7月初め、秋田〜青森間を、現行の特急とは一味違う「つがる」が走りました。それは急行「津軽」で、赤い電気機関車ED75が青い12系客車を牽引する、リバイバル列車でした。

 定期運行されていた頃の「津軽」は、上野〜青森間を結ぶ夜行列車でした。途中、上野〜福島間は東北本線を走りますが、福島〜青森間は奥羽本線を走り、山形や秋田を経由していたのです。列車名としての「津軽」はもともと、1954(昭和29)年から羽越本線経由の列車で使われていましたが、これを2年後の1956(昭和31)年、奥羽本線経由の列車に付け直し、以後、急行「津軽」は奥羽本線経由の列車として定着していきます。

 青森行きの「津軽」は上野を夜に出発して、秋田には早朝、青森にはお昼前に到着していました。また、上野行きの「津軽」は青森を夕方に出発、秋田には夜に到着し、上野には朝方に到着していましたが、山形は青森・上野行きとも深夜に停車していたのです。なお1965(昭和40)年からは2往復体制になりました。

「津軽」は関東と東北を結ぶ列車として、出稼ぎや集団就職で上京した人たちが帰郷する際に乗車する、「出世列車」としての異名もありました。

 また、かつては特定の地域が乗り放題で利用できるワイド周遊券というきっぷが発売されていましたが、これで「津軽」をはじめとした急行列車の自由席を利用できたので、旅行客にもよく利用された列車でした。

12系→20系→14系… 使用車両の変遷

「津軽」は1993(平成5)年に定期運行を終了するまで35年以上も走った列車で、その間には車両も代替わりしています。このうち、定期運行の急行として12系客車が使用されたのは、1978(昭和53)年10月のダイヤ改正から1982(昭和57)年11月のダイヤ改正まで。12系のほかに寝台車も連結されていました。

 4年ほどの活躍で短いように見えますが、定期運行のほか繁忙期には臨時列車が追加で運転され、そこで12系客車が使用されたこともありました。

 1982(昭和57)年11月のダイヤ改正で1往復に戻されると、車両はブルートレインで使用されていた20系客車に交代します。この20系は寝台特急から急行に転用したもので、「津軽」での使用期間は1年も満たないものでした。翌年には14系客車に交代、寝台車の連結もなくなりました。

 14系も12系とよく似ていますが、12系は客席が向かい合わせのボックス席であるのに対し、14系は特急形の電車と同じく、簡易ながらリクライニングシートを備えていました。14系は現在、東武鉄道の「SL大樹」で使用されていて、国鉄時代の内装を残している車両もあります。

 また、「津軽」をはじめ急行列車にはヘッドマークがないのが基本でした。しかし「津軽」ではJR発足後に、ヘッドマークを付けて運転された時期もあります。2022年7月に運転された「津軽」にもヘッドマークが付いていましたが、かつて使用されたものと同じデザインです。

「ひらがなつがる」はいつから?

 長らく機関車が牽引していた「津軽」ですが、1990(平成2)年9月のダイヤ改正で電車に交代します。同じ頃、奥羽本線では福島〜山形間で山形新幹線の工事が始まったため、「津軽」は工事区間を避けたルートで運転されました。仙台を経由し、仙山線を深夜に走行して山形を経由しましたが、このルートでは山形で列車の向きが逆になってしまうため、機関車の付け替えが不要な電車に移行したといえるでしょう。

 車両は当初、寝台電車の583系が使用されましたが、グリーン車が連結された一方で寝台は使用されず、すべて座席車として運転されました。1992(平成4)年から1年ほど、特急形の485系電車に交代したことがありましたが、再び583系に戻っています。

 先述の通り「津軽」は1993年12月のダイヤ改正で定期運行を終了。以後は繁忙期の臨時列車として運行され、寝台車の設定もありました。しかし、1998(平成10)年に臨時列車としても運行を終了しています。

 ひらがな表記の「つがる」は、2002(平成14)年12月に東北新幹線が八戸まで開業した際、東北新幹線と接続して八戸〜青森・弘前間を走る特急として運転を開始しました。2010(平成22)年12月に東北新幹線が新青森まで延伸すると、「つがる」はいったん廃止され、今度は秋田〜青森間の特急として名前を継承し、現在に至ります。特急「つがる」には2022年現在、E751系という電車が使用されています。