82年前の7月22日、現在のJR川越線である大宮〜高麗川間が開通しました。

首都圏バイパス路線の一部として整備

 今から82年前の1940(昭和15)年7月22日。大宮駅と高麗川駅をむすぶ川越線が開業しました。

 川越線は建設当時、その目的として、東京を迂回して東北方面と甲信越・東海道方面を結ぶことができるよう、大宮から八高線へ最短距離で直結させるという、「バイパス線」を構成する意味合いもありました。

 それまで、大宮と川越をむすぶ鉄道は、川越電気鉄道が1904(明治37)年に開業していました。埼玉県初の電化路線で、当時は1日28往復、30分間隔で電車が走っていました。しかし路線の大半が併用軌道(道路上に線路がある)で、速度は遅く、揺れもひどかったそうです。川越線が開業するとあっという間に乗客が減少し、その年限りで運行は打ち切られてしまいました。廃止当時は会社合併を受け「西武大宮線」となっていました。

 さて、川越線は戦後も長らく非電化のローカル線で、キハ20系や近郊型のキハ35系などのディーゼル気動車がのんびりと走っていました。1985(昭和60)年にようやく電化され、川越を起点に埼京線と一体運行されるようになりました。

 1996(平成8)年には八高線の高麗川〜八王子間が電化。現在のダイヤは川越駅を境に、東はりんかい線の新木場駅まで、西は八高線の八王子駅までの電車が発着しています。