49年前の9月1日、三重県を縦断する伊勢鉄道が開業しました。

国鉄が有効活用せず第三セクター転換へ

 今から49年前の1973(昭和48)年9月1日。三重県の河原田駅と津駅をむすぶ伊勢鉄道が開業しました。

 名古屋方面から伊勢方面まで、三重県を縦断する鉄道は近鉄と国鉄(関西本線・紀勢本線)の2つがあります。しかし近鉄は真っすぐ南北に走るのに対し、国鉄ルートは内陸部の亀山駅まで大きく迂回するため、近鉄に対してタイムロスとなっていました。

 そのため、四日市から津までを短絡する鉄道が求められ、国鉄の新線「伊勢線」として工事が開始されました。1964(昭和39)年のことです。当時の建設路線の特徴である「高架線でまっすぐネットワークをつなぐ」構造が多く採用され、高速運行が可能となっています。

 こうして紀伊半島南部の交通は大きく改善するかと思われましたが、開業後の伊勢線は期待に反してあまり利用されず、相変わらず「亀山乗り換え」主体のダイヤが続きました。1978年10月時点のダイヤでは、四日市〜津の伊勢線内列車が1日7往復するだけ。優等列車も寝台特急「紀伊」を含め7往復中3往復が亀山経由でした。

 名古屋〜亀山はあくまで「関西本線」であり、当時はまだ名古屋と大阪をむすぶ幹線の意味合いが強かったため、亀山という交通結節機能を弱めたくなかったのかもしれません。結局、せっかく開業した伊勢線は1984(昭和59)年、早くも廃止対象路線にリストアップされてしまいます。

 伊勢線はそのまま1987(昭和62)年、県らが出資する第三セクター「伊勢鉄道」に転換されます。JR転換後は伊勢鉄道経由の快速「みえ」が運行開始。名古屋〜松阪間が大幅にスピードアップし、近鉄に対抗できるようになりました。現在は特急「南紀」など伊勢方面への優等列車はすべて伊勢鉄道経由となっています。

 実質的な紀勢本線の一部である伊勢鉄道ですが、もちろんJRではないため、「青春18きっぷ」などJR用の乗り放題きっぷは対象外。いっぽう伊勢鉄道を経由する場合の運賃計算は、会社をまたぐ度にいちいちきっぷを買い直すのではなく、「伊勢鉄道を除いた前後の通し距離でJR運賃を計算する」という特例が設けられています。

 伊勢鉄道が最も賑わうのは10月の「F1 日本グランプリ」の開催週末。普段は静かな「鈴鹿サーキット稲生駅」も、熱狂的なファンが世界中から集結し、お祭り騒ぎとなります。