第2次大戦前、旧日本海軍の象徴としてよく知られた存在であった長門型戦艦の「長門」「陸奥」。国産技術の粋を集めた「自慢の戦艦」は、米英の新型戦艦と比較した場合、どれだけの性能を誇っていたのでしょうか。竣工時で見てみます。

世界で初めて41cm砲を搭載

 1920(大正9)年に就役した長門型戦艦の1番艦「長門」は、世界で最初に41cm砲を採用した戦艦であり、旧日本海軍の象徴的存在でした。一方で、「長門」就役時には、すでに強力な巡洋戦艦「フッド」がイギリス海軍に存在し、なおかつ直後にはアメリカ海軍において同世代戦艦「メリーランド」が就役しています。就役時の長門型は、これら米英のライバル戦艦と比べて、どの程度の実力があったのか見てみます。

「長門」就役の7年前、旧日本海軍は1913(大正2)年に就役した金剛型巡洋戦艦の1番艦「金剛」で、イギリスより最新の戦艦建造技術を取得し、1915(大正4)年から1918(大正7)年にかけて扶桑型と伊勢型合わせて4隻の戦艦を独自設計で建造します。

 この4隻は、スペック上こそイギリスやアメリカが建造した同時期の戦艦に対抗できるだけ性能を持っているように見えますが、防御力や運動性能などに問題を抱えており、日本の戦艦設計技術が経験不足であることを露呈させました。

 こうしたこともあり、長門型戦艦は国産設計であるものの、イギリスから主砲の製造技術を導入して、当時、世界最大の威力を持つ41cm砲を開発します。また、第1次世界大戦の戦訓により、戦艦も高速であることが求められるようになったため、アメリカから高出力タービンを輸入していますが、概ね国産設計の機関を作り上げました。

 ただ、外国の最新技術を導入する一方、英独の艦隊決戦となったユトランド沖海戦の戦訓を取り入れて、水平防御を強化した設計や、安定性が高い櫓(やぐら)マストを導入するなど、日本独自のアイデアもその設計には多数盛り込まれていました。

 こうして生まれた「長門」は、就役時は41cm砲8門からなる高い砲撃力だけでなく、速力26.5ノット(約49km/h)の快速性、そして伊勢型戦艦よりも強化された防御力を備えていました。だからこそ、就役当時は世界最大・最強・最速の戦艦とも言われたのです(速度については軍機でしたが)。

 ただ、その評価は妥当なのでしょうか。

就役時の「長門」は世界最強なのか

 戦艦「長門」が就役した1920(大正9)年11月時点では、本型に対抗できる艦は、同年5月に就役したイギリス巡洋戦艦「フッド」だけだったと言えるでしょう。

「フッド」は38.1cm砲8門、最大速力は31ノット(約57.4km/h)、そして「長門」と同じ305mm厚ながら、12度傾斜した傾斜装甲の採用と、就役時は世界最強の水平防御を持ち、長門型よりも巨大な船体を持つ巡洋戦艦でした(長門型は「戦艦」として世界最大)。

 比べてみた場合、主砲の威力では長門型が勝りますが、防御力では互角かやや下回り、速力では対抗できない性能です。

 とはいえ、1920(大正9)年に両者が1対1で戦闘した場合は、「長門」が距離20km程度から「フッド」の垂直装甲を貫通できるのに対して、「フッド」は16km程度まで近づく必要があります。船体が大きい「フッド」は命中弾を受けやすく、かつ主砲の射程で4kmほど「長門」の方が長射程であることを考えると、長門型がやや有利だと言えるでしょう。

 ゆえに、就役時に限定するなら「長門」は「世界最強」と言えるのではないでしょうか。

 そして「長門」が竣工した翌年、2番艦「陸奥」が竣工した1921(大正10)年に、アメリカでコロラド級戦艦「メリーランド」が就役しています。「メリーランド」は40.6cm砲8門を搭載しており、主砲の威力では長門型に匹敵しましたが、速力は21ノット(約38.9km/h)と鈍足でした。防御力も垂直防御は343mm厚と分厚いものの、水平防御88mmは、41cm砲に対しては不十分でした。

 1921(大正10)年に両者が1対1で戦闘した場合、「メリーランド」は軽量弾を使う関係で主砲貫通力が劣る(14.6kmで376mm、18.3kmで292mm)ため、長門型は18km付近から「メリーランド」の舷側装甲を貫通可能であり、お互いの舷側装甲を貫通できる距離はほぼ同じとなります。

 水平防御についても、長門は最大射程から15km程度まで「メリーランド」の装甲を貫通できるため、攻撃力も防御力も互角であり、速力に勝る長門型の方が性能的には一段上と考えられます。

 結果、長門型の「世界最強」は、イギリスのネルソン級戦艦が就役する1927(昭和2)年まで続いたと言えるのではないでしょうか。

より強力なネルソン級戦艦とも互角に戦うことが可能

 第1次世界大戦の戦訓を反映して誕生したネルソン級戦艦は、長門型より1門多い40.6cm砲9門、330〜356mm厚の傾斜式舷側装甲、強度の強い1枚板の159mm水平装甲(弾薬庫部。機関部は95mm)と、攻撃力、防御力の両方で優れていました。なお、速力23ノット(約42.6km/h)と、射撃精度の左右する測距儀のサイズについては長門型が上回っています。

 ネルソン級は主砲塔を艦の前に集めたことで射界が狭く、運動性能も劣悪でしたが、未改装の長門型では対抗が難しいほど、強力な戦艦でした。

 主砲は高初速軽量弾の採用で貫通力が乏しく、舷側装甲への貫通力は20km台で224〜272mm、18kmで310mmと、長門型の305mm舷側装甲でも対抗できるものでしたが、ネルソン級就役時に「長門」に搭載されていた五号徹甲弾は、距離20kmで380mmの貫通力であり、傾斜したネルソン級の舷側を貫通するには、18km程度に近づく必要がありました。

 五号徹甲弾の水平装甲への打撃力は、20kmで127mm、15kmで102mmなので、ネルソン級の機関部は貫通できますが、弾薬庫部分の水平装甲貫通は非現実的でした。

 ちなみに、同じ41cm砲でも、時期によって貫通力が全く異なります。理由は逐次、砲弾が改良されているためです。垂直装甲への貫通力は以下の通りです(貫通力は諸説あり)。

・三年帽(就役時):20kmで348mm、15kmで470mm
・五号徹甲弾(1924年ごろから搭載):20kmで380mm、15kmで510mm
・九一式徹甲弾(大改装後に搭載):20kmで454mm

 新しい砲弾では弾体強度の強化や、遅動信管の開発により、斜撃での貫通性能や、装甲貫通後の打撃力もずっと大きくなっています。また、空力性能の改善もあり、同じ仰角30度で発射した場合でも、五号徹甲弾が33kmに対して、九一式徹甲弾は33.3kmと射程も伸びています。

 大改装で主砲仰角を増したこともあり、長門型は九一式徹甲弾使用時に38.43kmの射程を得ています。ネルソン級は徹甲弾使用時で最大射程36.358km、コロラド級は最大射程31.36kmで、実戦ではそれほど意味はありませんが、射距離では勝っていたと言えるでしょう。

 就役時の長門型戦艦は、概ね世界最強と呼べる戦闘能力を持ち、その6年後に就役したネルソン級戦艦に対しても、ある程度対抗できる戦力だったようです。日本が金剛型で最新の戦艦建造技術を得てから、わずか8年間で世界トップレベルの性能を誇る戦艦を建造したことは、誇ってもよいことだと筆者(安藤昌季:乗りものライター)は考えます。