「ソ連人民最大の敵」と呼ばれたルーデル大佐の愛機です。

初参戦はスペイン内戦

 1935(昭和10)年の9月17日。ドイツの軍用機「Ju 87」、別名「スツーカ」が初飛行しました。

 本機はユンカース社が開発した急降下爆撃機です。急降下爆撃とは、爆弾の投下方向に機体を進める(つまり地面方向へ降下する)ことにより、命中性能を高める攻撃方法です。一般的な爆撃方法は、これとは対照的に「水平爆撃」と呼ばれます。

 ドイツが推し進める急降下爆撃用の新型機として、1933(昭和8)年に開発がスタート。他社が開発した競合機とのトライアルの結果、正式採用され、生産が始まりました。

 愛称の「スツーカ」とは、ドイツ語で急降下爆撃機を意味する「シュトゥルツ・カンプ・フルークツォイク」を略したものです。なお、本機の名が一躍知れ渡るようになったひとつの要因が、急降下時に空気抵抗で独特の吹鳴音を発する点にありました。

 地上へこだまするこのサイレンのような音は、「爆弾が落ちてくる」という恐怖心を煽る効果もあるため、第2次大戦初期に運用された「B-1タイプ」は、サイレン音が鳴りやすくなるための器具がわざわざ取り付けられていたほどでした。スツーカのサイレン音は、聖書のエピソードになぞらえて「ジェリコのラッパ」と呼ばれたそうです。

 爆弾を「ばらまく」ような水平爆撃に比べ、命中率の高い急降下爆撃はポーランド侵攻や地中海戦線など、第2次世界大戦初期に多くの戦果を挙げています。しかし、戦争が激しさを増すにつれ、本機のスピードの遅さが致命的となり、加えてレーダーなどの索敵や射撃管制装置の発達により、ますます損害が出るようになりました。

 それでも本機は、大口径機関砲を搭載した対戦車攻撃機などが生み出され、大戦終活までに6500機以上が製造されています。またイタリアをはじめブルガリア、ルーマニアなどの友好国にも供与され、運用されました。なお、日本も2機を購入しましたが、国産機と比べ際立って高性能というほどではなかったため、試験のみで終わっています。