52年前の10月1日、関西地区で日本初の「新快速」が運行開始しました。

最初は京都〜西明石で運転

 今から52年前の1970年10月1日、JR神戸線・京都線で新しい種別「新快速」列車が走り始めました。

 新快速は終日130km/h運転を行い、京都〜大阪〜神戸をわずか1時間弱でむすぶ、関西JRの代表格ともいうべき、一般列車の最速達列車です。

 新快速導入前の関西圏の優等列車は、もっぱら特急・急行列車が担っていました。1時間に2〜3本が運行され、山陰・四国・九州方面へと足を伸ばしていました。

 普通列車も1日に何便かが快速運転され、停車駅が大阪・三ノ宮・神戸・兵庫・明石・大久保・土山・加古川といったような速達便もあったそうですが、関西都市圏で速いのは結局私鉄の速達列車で、「中長距離の国鉄、日常利用の私鉄」という棲み分けが続いていたのです。

 これではいけないと国鉄がサービス向上を図り、投入したのがこの「新快速」でした。デビュー初期の新快速を担当したのは、国鉄らしい顔の113系・153系電車。1980年代に入ると流線形の117系が投入され、新快速の顔に。国鉄民営化とともに誕生した221系は120km/h、後継の223系は130km/hと、最高速度は徐々に"国内最速域"へ引き上げられていきます。

 私鉄と並行して都市間輸送の熾烈なライバル争いを行っていたJRですが、新快速の高速化と増発でついに引導を渡すことになります。京阪や阪急はノンストップ運転から徐々に停車駅を増やしていき、沿線住民の利便性に軸足を移す戦略へと切り替えていかざるを得ませんでした。

 2000年のダイヤ改正で新快速が終日130km/h運転となり、現在に至ります。これ以上のスピードアップは、安全設備の一新が必要であるため、実現していません。2019年には有料座席車両「Aシート」が導入。JR東日本では古くからグリーン車が日常的に連結されていますが、関西のJRでは長らく未導入であったため、驚きをもって迎えられました。

 さて、新快速のデビュー当初は、京都〜西明石間での運転。数年後に琵琶湖線の草津方面や湖西線堅田方面、西は姫路まで運行区間が延長されました。停車駅は現在よりもかなり少なく、京都〜大阪〜神戸は途中ノンストップで、高槻、芦屋はおろか、新幹線接続の新大阪駅や西明石駅も通過していました。

 東海地区では民営化後の1989年に新快速がデビュー。現在は「特別快速」の下の種別に位置付けられていますが、大府を通過するかどうかくらいの差しかなく、実質的な最速達列車となっています。関西の新快速と同じく、全席転換クロスシートを採用して、乗り心地の面でもライバルの名鉄より優位に立っています。