同じ日にデビューし、戦地でも共に行動した2艦でした。

対外的には「軽巡洋艦」として建造

 今から85年前の1937(昭和)年10月30日。旧日本海軍の重巡洋艦「鈴谷」「熊野」が進水しました。

 両艦は、旧日本海軍の重巡洋艦としては"第5世代"にあたる「最上型」の3番艦と4番艦です。ただ、同型の「最上」「三隈」とは設計が異なり、台風被害や転覆事故などを受けて安全性が見直された結果、設計が改められており、その点では「改・最上型」といえる2艦でした。

 なお、先行して建造された2艦ともども、ロンドン海軍軍縮条約の規定を逃れるため、排水量と主砲サイズのみ小さくして「軽巡洋艦」として就役しています。

 軍縮条約からの脱退後は「晴れて」重巡洋艦として運用すべく、主武装を従来の15.5cm三連装砲塔から20.3cm連装砲塔に換装して火力を向上。太平洋戦争では空母や戦艦の護衛、物資や兵員の輸送など多岐にわたる役割を発揮していきます。

 同時にデビューした「鈴谷」「熊野」は、その後、連合艦隊指揮下の第2艦隊第七戦隊の構成艦として太平洋戦争中も戦地などで行動をともにすることが多く、一方が損傷を受けた際などは、互いに旗艦を担いあいました。

 両艦の命運が尽きたのは1944(昭和19)年のレイテ沖海戦でのこと。まず10月25日に「鈴谷」が空からの攻撃を受け沈没します。一方、「熊野」は魚雷を受けたものの、沈没は免れ、なんとか戦線を離脱し満身創痍のなか日本をめざします。しかし、その途上で幾度となくアメリカ軍の攻撃をうけ、11月25日に力尽きて沈没しました。

 それから約80年、今年3月に海上自衛隊の新型護衛艦がデビューしましたが、その名は「くまの」。もがみ型護衛艦の2番艦として建造されたもので、ファンを中心に話題となりました。なお、「くまの」の名は自衛艦としても2代目で、その前にはちくご型護衛艦の10番艦で用いられていました。

 一方「鈴谷」に関しては、由来が樺太(サハリン)の川の名前であるため、戦後に用いることは難しいのか、2022年現在、海上自衛隊の艦名として使用されたことはありません。