その特異な能力で映画やアニメ、漫画などでは「活躍」しています。

原型「ハリアー」をアメリカが採用したワケ

 1978(昭和53)年11月9日はアメリカのマクドネル・ダグラス(現ボーイング)が開発した攻撃機AV-8B「ハリアーII」が初飛行した日です。

 ただ同機はあくまでも改良機で、原型の「ハリアー」は元々、イギリスで誕生した軍用機です。しかし、VTOL(垂直離着陸)機という特性がアメリカ海兵隊の運用にマッチしていたことから、アメリカ国防総省は導入を決定、自国製の航空機がほとんどを占める同国軍のなかで数少ない、レアな外国製攻撃機となりました。

 そもそも、ジェット機の推進力を生み出すのはエンジン後方に伸びるエンジンノズルです。固定翼機はジェットノズルからの排気によって前に進み、その加速によって翼の揚力が発生して空へと飛び上がります。

 しかし、ハリアーのエンジンノズルは真後ろから真下にまで、角度90度以上動かせる可変式であるため、通常の飛行機と同じように飛ぶこともできれば、ノズルを真下に向けてエンジンの力だけで浮き上がることも可能で、そのほかに本来であれば回転翼機(ヘリコプター)にしかできない空中停止(ホバリング)まで行える特性を有しています。

 このような性能により、固定翼機にとって必須であった滑走路が不要となることから、過去には同様の能力を追求した戦闘機が各国で開発されたものの、最初に実用化したのはハリアーの最初のモデルであるイギリス製ホーカー・シドレー「ハリアー」でした。

 VTOL機の特性は軍用機の運用にマッチしたもので、敵側に滑走路や空港設備が破壊されたとしても、それらに依存しないで出撃することができ、かつ柔軟に運用できる特性からイギリス空軍が採用。次いで、少ない設備の野戦滑走路や小さい強襲揚陸艦から運用できる点が注目されて、前出したようにアメリカ海兵隊がAV-8A「ハリアー」の名称で採用しました。

英製「ハリアー」の限界、米製「ハリアーII」の誕生

 しかし、ホーカー・シドレー「ハリアー」の性能はVTOL機という特性ゆえに問題点も抱えていました。それは、同クラスの戦闘機と比べた場合、航続性能や兵器搭載量が少ないという点です。VTOL能力を獲得するためにこの機体は可変ノズルといった独自装備や、それを達成するための設計上の制約も持ち合わせており、その結果、純粋な固定翼の攻撃機と比べて相対的に低性能になっていました。

 これはアメリカ側だけでなく、開発元のイギリス自身も感じていたことで、初代「ハリアー」の就役後に両国で別々の改良型開発計画がスタート。当初、イギリス側はホーカー・シドレー(現BAEシステムズ社)、アメリカ側はマクドネル・ダグラスがそれぞれ担当していたものの、改良発展型の開発を最後まで続け、軍の採用にまでこぎ着けたのは後者の方だけでした。

 1976(昭和51)年7月27日にマクドネル・ダグラスの計画はアメリカ国防総省に承認され、名称がAV-8B「ハリアーII」に決まります。変更点は主翼の大型化や機体胴体の延長といった機体形状の変更はもちろん、内部のアビオニクスなどにまで手が加えられていました。

 特筆すべきは、攻撃に使うセンサーとして火器管制システム「AN/ASB-19 ARBS」を装備したことで、より高精度での攻撃も可能となった点にあるでしょう。こうして劇的な性能向上に目途が付いたことで、「ハリアーII」の開発にはイギリス側も参加することになり、以後は米英共同で進められるようになります。とはいえ、このような経緯により、開発のイニシアチブはアメリカが握ったとされています。

 こうして生まれた「ハリアーII」は、アメリカ海兵隊のほか、スペイン軍やイタリア軍にも採用され、イギリスでもブリティッシュ・エアロスペース社が独自の改良を加えた「ブリティッシュ・エアロスペースハリアーII」を生み出し、同国空軍と海軍で用いられています。

 なお、アメリカ海兵隊の「ハリアーII」はその後も逐次、改良が加えられ、赤外線センサーを追加したナイトアタック仕様や、APG-65火器管制レーダーを装備した「AV-8B+」といった派生型も誕生しました。

 このように長年、アメリカ海兵隊の航空戦力のシンボルとして活躍してきた「ハリアーII」ですが、機体の老朽化に伴って、現在は後継機であるF-35B「ライトニングII」への更新が進められています。現在の運用スケジュールによると、アメリカ海兵隊の「ハリアーII」は2026年に運用を終了する予定とのこと。一時は日本の空も飛び回っていた同機も、元気な姿が見られるのは、あと少しに迫っています。