かつて京阪神〜九州間を結んでいた寝台特急「なは」。今はB個室寝台「デュエット」が観音寺市で保存され、列車ホテルになるべく修繕を受けています。現役時代はどのような寝台車だったのでしょうか。

乗りトクだった? 「レガートシート」

 かつて京阪神〜九州間を結んでいた寝台特急「なは」の一部車両が2022年現在、“列車ホテル”になるべく修繕を受けています。その車両はB寝台「デュエット」。ホテルのツインルームのような2人用個室です。この「なは」、現役時代はどのような列車だったのでしょうか。

 寝台特急「なは」が運行開始したのは1975(昭和50)年。山陽新幹線の岡山〜博多間開業のタイミングと同時でした。新大阪〜西鹿児島(現・鹿児島中央)間の寝台特急は「明星」でしたが、1972(昭和47)年の沖縄復帰から間もないことや沖縄海洋博開催に配慮して、1往復を「なは」としたのです。

「なは」は581系寝台電車で運行を開始。1978(昭和53)年には運行区間が京都〜西鹿児島間に変更されます。1984(昭和59)年、今度は客車列車に変更され、24系が連結されます。寝台車は開放形B寝台車のみのモノクラスでした。

 1986(昭和61)年、一時期7往復もあった「明星」が臨時列車となり、「なは」が関西と西鹿児島を結ぶ主力の寝台特急となります。寝台特急の競争力低下に対しテコ入れすべく、1990(平成2)年に普通車指定席「レガートシート」が連結されます。

 この車両は、昼行特急用グリーン車として使われていた「サロ481形」を改造したものでした。座席は夜行高速バスのような1+1+1列配置で、深々と倒れるレッグレスト付きのリクライニングシートが設置され、車両端には「ミニラウンジ」も備えられていました。

豪華個室 「なは デュエット」

 筆者(安藤昌季:乗りものライター)は座ったことがありますが、「昼行特急グリーン車以上の快適な設備」だと感じました。なお普通車指定席として購入できる“乗りトク設備”でしたが、それでもバスの方が安く、あまり需要は伸びませんでした。終点までほとんど乗り降りがない高速バスに対して、列車は途中駅に停車するためセキュリティ上の不安感もあったようです。

「なは」のさらなるテコ入れのため、1991(平成3)年より投入されたのが、オハネフ25形客車2000番台3両です。この車両は2人用B個室寝台「デュエット」を11室備えていました。「デュエット」は寝台特急「あさかぜ」や「北斗星」などで好評でした。ちなみに「なは」では連結位置の都合で、車掌室の付いたオハネフ25形として登場しています。

 2人用個室は1階に6室、2階に5室が備わっており、枕木方向に寝台が並んでいました。個室の広さは幅1.9m、奥行き1.945m、寝台幅70cm。1階、2階とも同じでした。ただし1階室は入口が吹き抜け、2階室は個室内に階段があるといった違いがありました。側窓にはロールカーテンが備わっていました。

 なお、通路や出入り台、個室内はカーペット敷きで、通常の開放式2段式B寝台よりも明らかにグレードが上でしたが、2人利用時の寝台料金は同額でした。室内には寝台のほかに温風暖房、足元灯、読書灯、鏡、灰皿、スリッパが備わっていました。また、コントロールパネルで調光スイッチ付き壁灯やBGMを4チャンネルから選べるオーディオ装置、冷暖房調節装置、目ざまし時計、便所知らせ灯、換気扇を操作できました。

引退後、鹿児島→香川へ

 乗車時の感想としては、座席の背もたれとしても使えるクッションがあったり、個室内に絵が飾られていたりなど、インテリアまでもがお洒落な印象でした。

 しかし「レガートシート」「デュエット」を連結しても、時代の流れの中で寝台特急の利用減少は止まらず、「なは」は2005(平成17)年より運行区間を京都〜熊本間に短縮した上で、長崎行き寝台特急「あかつき」と併結します。

 この時は「あかつき」と合わせてA個室寝台車1両、1人用個室寝台車1両、1人/2人用個室寝台車1両、2人用個室寝台車1両、4人用簡易個室寝台車1両、「レガートシート」1両という豪華編成でしたが、2008(平成20)年に列車が廃止されました。

「デュエット」で使われていたオハネフ25形2209号車は、鹿児島県の阿久根駅で宿泊施設として使われていましたが、すでに廃業。現在はクラウドファンディングで集められた資金を活用し、香川県観音寺市の雲辺寺ロープウェイ山麓駅駐車場に移設され、宿泊施設「オハネフの宿」として開業すべく、車体や室内の修理を行っています。開業したら、在りし日のブルートレイン「なは」を体験できる施設になりそうです。