実用化されていれば空母の上も一変したかも!?

「円盤翼」構造が生まれた背景

 1942(昭和17)年11月23日はアメリカの試験機V-173「フライング・パンケーキ」が初飛行した日です。

 一度見れば誰もが忘れないであろう風変わりなこの機体は、円盤翼という特殊な形状が元になっています。機体を上から見ると全体が丸みを帯びた楕円系で、横から見ると全体が平たい、のっぺりとした感じなのが特徴です。機体後方には水平尾翼と垂直尾翼がそれぞれペアで取り付けられており、前部には両端にエンジンと大口径のプロペラが、そして中央にコックピットが配置されています。

 飛行機にあまり詳しくない人がこの機体を見たら、そのときに連想する言葉は、飛行機ではなくフリスビーやお皿であり、それこそ「空飛ぶ円盤」、UFOになるのではないでしょうか。なぜ第2次世界大戦中のアメリカで、このような風変わりな航空機が誕生したのか、その経緯を見てみましょう。

 この円盤翼の機体を求めたのは当時のアメリカ海軍でした。V-173のような大型プロペラと円盤翼の組み合わせは、プロペラの気流が胴体全体を流れることで、機体の速度域に大きく左右されずに揚力を生み出すことができるという特徴を持っていました。それは低速での飛行性能だけでなく、短距離での離着陸が可能というSTOL性にも繋がるため、空母や艦艇といった限られたスペースから発進する艦載機には最適な特性だといえます。

 この機体を設計したのはチャンス・ヴォート社の航空技師チャールズ・H・ジマーマン。彼は、1930年代から円盤翼機の開発を進めていました。彼はまず、大型のプロペラと円盤翼の組み合わせを実証するために、「V-162」と呼ばれる円盤翼の大型ラジコン機を製作。それで自らの理論が正しいことを実証します。そして試験飛行に満足すると、そのアイディアをアメリカ海軍に売り込んだのです。これにより、アメリカ海軍から研究資金の提供を受けると、1940(昭和15)年から実物大模型による風洞試験を実施し、それら研究データの結果から有人機であるV-173を生み出しました。

実質ゼロ距離離陸が可能な性能を記録

 V-173は円盤翼の概念を実証するための試験機であり、その機体構造は簡易的で創意工夫を積み重ねたような感じでした。機体の大部分は木材で作られ、外面部は綿布を使った布張りでした。エンジンも出力わずか80馬力のコンチネンタルA80空冷エンジンで、それを2基搭載。しかも、電動スターターがないため、木製グリップを使って手動で始動させる必要がありました。

 ただ、プロペラは小さなエンジンには不釣り合いなほど大きなもので、3枚あるプロペラブレードの長さは約5mもあります。加えて地上滑走ではその大型プロペラが地面に接触しないよう長い前脚が備えられており、地上では機体全体が上向きに22度も傾いて駐機するスタイルでした。そのため、離着陸時はコックピット全体が上を向いてしまい前方や下方がほとんど見えなくなってしまうので、床の一部が覗き窓仕様になっています。

 試験は東海岸北部のコネティカット州ブリッジポート空港(現シコルスキー記念空港)で行われましたが、円盤翼という特殊な形状の機体だったため、その試験は順調なものではありませんでした。着陸が困難なことから昇降舵が再設計され、尾翼には安定性を高めるためのフラップが追加されます。また、胴体内部のエンジンからプロペラに動力を伝えるギアとドライブシャフトに問題があったため、それによる異常振動の影響によって初飛行は数か月延期されたほどでした。

 その一方、円盤翼の利点である低速性能とSTOL性は極めて良好で、V-173は低速域でも失速やスピンに入ることなく飛び続けることができ、離陸も風速25ノット(約46km/h)の向かい風さえあれば最短6mの距離で行えたとか。実質、ゼロ距離で離陸が可能だったといえるでしょう。

住民はUFOと勘違い!?

 試験飛行は1947(昭和22)年3月まで続けられ、約4年半のあいだに190回のフライトを実施し、その総飛行時間は約131時間にもなりました。なかには、史上初の大西洋単独無着陸飛行を成し遂げた飛行家チャールズ・リンドバーグが操縦を行った回もあったといいます。また、円盤状の独特の形状から、その飛行を目撃したコネティカット州の住民から、まさしく「空飛ぶ円盤」に勘違いされたという面白いエピソードもあります。

 V-173の結果に満足したアメリカ海軍は、その後、本格的な円盤戦闘機としてXF5Uを発注。しかし、同機は試作機が2機作られただけで初飛行することなく計画は中止となり、その2機も海軍の命令によって破壊処分されてしまいました。

 一方、V-173は飛行試験終了後に保管され、1960(昭和35)年にはスミソニアン博物館へ寄贈されます。しかし、長年の保管によって機体が劣化したことから、2003(平成15)年にテキサス州ダラスの修復施設へと移送され、そこで9年もの歳月を掛けて修復作業を受けることになりました。特に機体を覆う綿布の修復は大変で、なんと約8万1000回もの手縫いによる修繕が行われたそうです。

 修復を終えたV-173は、2022年11月現在、テキサス州ダラスにある航空博物館「フロンティア・オブ・フライト・ミュージアム」にて展示されています。本機は円盤機という珍しい機体であり、当時の実機が残っているという意味でも貴重な存在です。

 見た目は「フライング・パンケーキ」という愛称そのままの感じですが、実物を詳細に見ていくと、その外見に起因した苦労と対策も感じることができるでしょう。