潜水艦のソナー開発に欠かせない「海上計測バージ」、これを民間企業として唯一保有するのが、コピー機などで知られるOKIです。拡大が見込まれる海洋エンジニアリングの分野へ、90年培った防衛関連の技術はどう貢献できるのでしょうか。

AUVやROV、USVといった無人機・無人艇もここでテスト

 駿河湾のさらに奥に位置し、富士山を望む風光明媚な内浦湾の一角に白い船体が浮かぶ場所があります。実はここ、“潜水艦の目”となるソナー開発に欠かせない施設なのです。

 沖電気工業(OKI)は2023年4月21日、民間企業として国内唯一となる海上計測バージ「SEATEC II」(約320総トン)を報道関係者に公開しました。これは、同社グループで水中音響技術を中核とした事業を展開しているOKIコムエコーズ(静岡県沼津市)が保有するもので、海上自衛隊が運用する潜水艦向けソナーシステムの開発や試験などを行っています。

 OKIといえば、銀行のATMやオフィスの複合機などといったイメージがあるかもしれませんが、実は防衛関連企業でもあります。現在は新型海上計測バージの建造を宮城県内の造船所で進めており、2023年10月には稼働を開始する予定です。

 OKIは長年にわたって培ってきた音響技術を生かし、防衛だけでなく民間分野でも事業を拡大していく方針を示しており、将来的には「防衛と民間の売り上げをイーブンぐらいにしたい」(加藤洋一OKI特機システム事業部長)という目標を打ち立てています。

 海上計測バージ「SEATEC II」は、陸から約400m離れた海上に係留されています。波浪の影響を受けにくい湾内に設置されているため、動揺に起因するデータ変動や雑音の増加が少なく、安定した計測を行うことが可能です。

 作業室と計測室は全て屋内に設けられており、作業室の開口部(長さ7.5m、幅3m)から評価を行う製品やサンプルを海中に吊り下ろし、計測室でデータの取得、分析、評価を実施します。クレーンは2基設置されており、最大2tのものまで吊り下げが可能。穏やかな自然環境であることから、年間を通じて90%以上の稼働率でデータを取得できます。

 そのため、潜水艦のソナーに限らず、自律型無人潜水機(AUV)や遠隔操作型無人潜水機(ROV)、無人水上艇(USV)などもここでテストが行われています。

江浦湾で研究を始めた端緒は旧日本海軍

 OKIコムエコーズのエンジニアリング部トップである宮地 真部長は、ソナーの試験場としての内浦湾の特徴をこう説明します。

「そもそも水槽だと壁が近くて反射してしまい、本当の性能が見えにくい。海の場合は海底と海面以外には壁は無いため非常にやりやすい。また、何と言っても海水と真水の違いがあるため、最終的には実海域で確認したいという声が多い」。

 さらに水中機器の試験を行える海上計測バージは国内でここにしかない点も大きなアドバンテージとのこと。実海域で試験を行うため機器を搭載する専用の船をチャーターする必要がないため、防衛省向けだけでなくJAMSTEC(海洋研究開発機構)や海上技術安全研究所もここでテストを実施しており、すでに1年先まで予約が埋まっているそうです。

 そもそも内浦湾における水中音響機器の研究開発は、旧日本海軍の技術研究所が1937年に沼津に設置した臨海実験所にまで遡ります。海軍と共に潜水艦に搭載するパッシブ・ソナーやアクティブ・ソナーの開発に取り組んでいたOKI(当時は沖電気工業)は第2次世界大戦後、同地域で防衛庁向けの水中音響機器の開発を開始。小型の計測船や「SEATEC II」のような設備を用いて事業を展開してきました。

 加藤事業部長は「我々は実に90年近く防衛事業に携わっている。これまで培ってきた水中音響技術を、民間技術に適用することでOKIグループ全体の成長へつなげていきたいと考えている」と説明しました。

 具体的には、
1、海洋モニタリング技術の開発推進と市場参入に向けた機会創出
2、海洋モニタリングの実践・評価と技術・製品の創出
3、海洋モニタリングの社会実装と海洋データプラットホームによる付加価値の提供

 この3段階で海洋事業の展開を図るとしています。

 防衛事業からスピンオフして民間に展開できる技術としては、洋上風力発電の建設場所や海底資源の調査に活用できる海洋・音響プラットホーム、水中音響通信モデム、魚群探知用ソナーなどがあるそう。OKIとしては、水中音響センサーによるセンシング技術、音響機器、システムを揃えたうえで、国策のプロジェクトに参画することを狙っています。

「特機システム事業部の売り上げ規模は現在250億円くらい。これを防衛と民間の売り上げを合わせて400億から500億円程度の規模に伸ばしたい。ただ、我々は国の政策に乗っかろうとしており、予算措置などで難しいものがある。それでも最終的に民間と防衛の売り上げが半々になれば良いと考えている」(加藤部長)

成長が見込める海洋エンジニアリング事業を拡大するために

 現在、OKIコムエコーズが開発を進めているものとしては、「船舶無線ひずみセンサー」と「音響測位装置」があります。

 船舶無線ひずみセンサーは、船体に生じるひずみや衝撃をモニタリングして船の維持・保守を支援するためのデータを取得する装置です。それをビッグデータ化することで、安全運航や船体設計へのフィードバックが期待できます。

 なお、これに関してOKIコムエコーズの大塚竜治社長は、「太陽光パネルで発電するため電源供給がいらず、データは無線で飛ばせるため、新しい配線が不要な構造をしている。すでに運航している船にも取り付けることで状況を監視できる」と述べています。

 同装置は現在、日本海事協会、日本郵船グループの株式会社MTI、今治造船とジャパンマリンユナイテッド(JMU)の営業・設計合弁会社「日本シップヤード(NSY)」と共同で開発が進められています。

 もう一つの音響測位装置は、海中での土木工事の省人化を目指して開発が行われています。これまで海洋土木工事で使用される水中バックホウは、潜水士が直接操縦してきましたが、遠隔カメラの活用によって、船上からリモートで操縦することが考えられています。ダイバーの目視に頼らず正確な施工場所を特定するために、音響測位装置が活用できるとのことです。

 OKIは民間分野でも成長が見込まれる海洋エンジニアリング事業の拡大に向けて、海上計測バージ「SEATEC II」の更新に着手。開口部や作業室を拡大し、全長8mのUSVのセンサーテストなども行えるようにします。

 OKIコムエコーズの大塚社長は「我々が持っている機器やシステム、センサー、データ処理など世の中に展開できることはある。まずは市場に展開し周知し、新しい技術を広げていきたい」と意気込んでいました。