閉幕したG7広島サミットのなかで、首脳陣が一堂に会した“移動の場”となったのが、観光船「シースピカ」です。船内では、首脳らがオープンデッキで談笑する和やかな光景も。なぜこの船は首脳陣の移動手段に選ばれたのでしょうか。

オープンデッキで笑顔こぼれる首脳陣ら

 2023年5月19日(金)から21日にかけ、広島市で開催された主要7か国首脳会議、通称「G7広島サミット」。バイデン米大統領が乗ってきた大統領専用機「エアフォースワン」はもちろん、各国首脳の車列を一目見ようと沿道にはたくさんの人が詰めかけました。そのなかで、多くの人が予想し得なかった首脳陣の移動手段となったのが、瀬戸内海で運航されている観光型高速クルーザー「SEA SPICA(シースピカ)」(90総トン)です。

「シースピカ」がG7サミットに参加する首脳を乗せたのは19日のこと。サミットのメイン会場である宇品島のグランドプリンスホテル広島から、ワーキングディナーが行われた宮島との間を往復しました。同船には日本の岸田文雄首相をはじめ、イギリスのスナク首相やドイツのショルツ首相、カナダのトルドー首相、フランスのマクロン大統領、イタリアのメローニ首相らで、アメリカのバイデン大統領だけは専用車「ビースト」とヘリコプター「マリーンワン」を使用しました。

 ウクライナ情勢に関するセッションを終えた各国の首脳は、世界遺産の厳島神社へ向かうため17時半ごろ、宇品島の桟橋からシースピカに乗船し、護衛する海上保安庁の巡視艇など20隻ほどの船団を組んで海上を移動。デッキでは各国の首脳が歓談や記念撮影を行っていました。

 G7公式ホームページを確認すると、広島港をバックにEU(欧州連合)のミシェル大統領やフォンデアライエン欧州委員長、スナク首相が各国の首脳と交流している写真がアップされており、和やかなひと時だったことがうかがえます。20日には首脳配偶者らによるパートナーズ・プログラムでも同船が使用されました。

 この「シースピカ」は、2020年6月に就航した新鋭船です。JR西日本グループと瀬戸内海汽船グループが、瀬戸内の魅力を発信する「せとうちパレットプロジェクト」の一環として共同で開発し、両社が出資する「瀬戸内島たびコーポレーション」が所有しています。建造ヤードは瀬戸内クラフト。デザインは、JR西日本の列車「ウエストエクスプレス銀河」などで知られるイチバンセン代表取締役の川西康之氏が手掛けました。

なぜ“サミットお召船”に?

 従来、瀬戸内海汽船は広島から宮島や江田島、四国の松山などを結ぶ生活航路を中心に運航していましたが、「シースピカ」は観光に特化した「瀬戸内しまたびライン」と呼ばれる航路に就航しています。通常時は広島港と三原港との間をさまざまな島に寄港しながら約半日かけて航行しており、大久野島などでは短い時間ですが上陸して観光することもできます。

「シースピカ」の特徴として、速力22ノット(約41km/h)という高速性能と、双胴の船型を生かした良好な居住性の両方を兼ね備えていることがあげられます。

 例えば8時30分に広島港を出発する東向きコースではグランドプリンスホテル広島(宇品島)と呉港でも乗船客を乗せた後、下蒲刈島と大久野島で下船観光を行い、瀬戸田港(生口島)を経由して三原港へ13時5分に到着します。海上自衛隊呉基地の艦船や音戸の瀬戸などの船上見学も組み込まれており、そうしたスポットを予定通りにきちんと巡り、観光を楽しんでもらいたいからこそ、速力が要求されたのです。

 そして今回、G7サミットに参加した首脳が集った2階の「スピカテラス」もセールスポイントの一つ。左右と後方に大きく開いた開放的なデッキは、全ての方向に眺望が確保されており、瀬戸内の海や島々を存分に堪能することができます。

 ところで「シースピカ」はG7サミットでの使用に当たって船内を改装しています。岸田首相も使用した客室後方2名掛けシートは白からネイビーのシートになっており、その前に置かれていたシートもソファ席へと変わっています。

 イチバンセンの川西氏はシースピカが使用されたことについて「グランドプリンスホテル広島と宮島、いずれも接岸の経験実績があるのと、高速性能や定員の規模が良かったのだと思います。2階テラスに皆さん乗船されていたようで、会議の疲れを癒やして頂けていれば幸いです」と話します。