2023年5月に入ってからウクライナ国内で兵器を生産しようとする動きが急速に活発化しています。その一環で、もしかしたら旧ソ連系とNATO系、両方の血を引くウクライナ製の戦車が誕生するかもしれません。

自国での戦車生産と独合弁企業の立ち上げがほぼ同時期

 ウクライナ国防省は2023年5月12日、自国企業のウクロボロンプロムに、国産戦車「オプロート」の量産発注を行ったと発表しました。

 一方、ドイツのラインメタル社は、ウクロボロンプロムと提携して、ロシアと戦い続けているウクライナのために、NATO(北大西洋条約機構)加盟国が供与した「レオパルト2」戦車を始めとするAFV(装甲戦闘車両)の修理や整備を行うための合併会社を設立すると明言しています。

 この合併会社は、ゆくゆくは戦車そのものの製造も視野に入れているそうなので、もしかしたら、ラインメタル社が開発したばかりの最新鋭戦車であるKF-51「パンター」を量産するのかもしれません。しかし筆者(白石 光:戦史研究家)は、KF-51「パンター」の生産開始の手前の段階で、「別の戦車」の生産が挟まる可能性もあり得ると睨んでいます。

 そもそもウクライナは、ロシア侵攻以前は自国製のT-64やT-80といった戦車を配備・運用していました。ただ、これらは2022年2月に始まったロシアとの戦いでかなりの数を損耗しています。そこでNATO規格の「レオパルト2」やM1「エイブラムズ」、「チャレンジャー2」などが供与されることになったのですが、これにより、ウクライナにとっては従来の旧ソ連(ロシア)系、いわゆる東側の兵器体系からNATO系、いわゆる西側の兵器体系へと移行するチャンスになったとも言えるでしょう。

 加えて、将来的にNATOへ加盟しようとウクライナ政府が見据えているとするなら、こうした「兵器の一新」は国として必要な「新陳代謝」ともいえます。

ウクライナにはNATO規格戦車を造った前例あり

 振り返ってみると、ウクライナは旧ソ連時代、自国領内で同連邦軍向けに戦車の開発と生産を行っていました。その基盤は、ウクライナ独立後も維持され、1990年代後半にはT-80をベースに性能向上を図った新戦車T-84を開発。2000年代初頭には、さらなる改良型として「オプロート」を生み出しています。

 当時のウクライナは、小麦を始めとした農産物以外には諸外国の目を引くような輸出品がありませんでした。そういったなか、戦車は貴重な外貨獲得手段として積極的に用いられ、「オプロート」もかような経緯で、当初から輸出をも想定した開発が進められていました。

 そのため、「オプロート」は採用国のニーズに応じて、兵装も含む搭載システムを換装できるように設計されており、その一環で、2000年ごろにはトルコへの提案用にNATO規格の120mm滑腔砲を搭載した「ヤタハーン」というモデルを製作しています。

 ただ、当のウクライナ軍自体は、慢性的な予算不足からT-84や「オプロート」といった新型戦車を大量調達することはできず、各々数両ずつの調達に留まっていました。

 しかし、2022年2月にロシアが侵攻してきたことで状況は一変。新型戦車が1両でも多く欲しいウクライナ軍としては、「オプロート」を大量生産して自軍で使いたい気持ちは当然あると推察できます。

 そのようななかでのラインメタル社とウクロボロンプロムの提携は、NATO側との弾薬の互換性、すなわちラインメタル社系のNATO規格の120mm滑腔砲の搭載のみならず、もしかしたら、パワープラントの互換性をも模索することもできるのではないでしょうか。もしそうなった場合、ウクライナ軍が新たに発注する「オプロート」は、従来の「オプロート」というよりも、NATO規格の120mm滑腔砲と西側のパワープラントを搭載する、前出の「ヤタハーン」の発展型のような「NATOの血が濃い」MBT(主力戦車)となる可能性も考えられるでしょう。

KF51「パンター」よりも生産しやすいかも

 前述したようにウクライナ軍には現在、「レオパルト2」などNATO規格の戦車が大量に供与されています。そしてそれらを用いて、近いうちに同軍がロシア軍に対して反転攻勢を実施することはほぼ確実です。

 激戦を繰り広げれば、当然生じるであろうこれらNATO規格戦車の損耗補充用として、自国内で生産・調達できる「オプロート」にその役割を担わせるのは、生産の開始さえ間に合えば、十分に考えられることです。そしてそのときに、やはり「ヤタハーン」の進化系といえる「ロシア規格とNATO規格のハイブリッド」とでもいうような戦車が生産されるのではないかとも推察できます。

 なお、そのような戦車であれば、現状ではウクライナ側に生産体制がまったく整っていないKF-51「パンター」よりも準備に手間取ることなく、比較的速やかに生産できます。つまり、将来的にはKF-51の生産を見据えていたとしても、戦時下の「ストップ・ギャップ」として、このような戦車を生産する可能性もあるとは考えられないでしょうか。

 もしかしたら、ウクライナ国防省はすでにNATO規格の兵装を盛り込んだ「オプロート」を発注しているものの、それを単に「オプロートの生産要求」とぼかして表現し、発表しているのかもしれません。

 現状では、あくまでも筆者の推測の域を出ないものの、冒頭に述べたとおり、ウクロボロンプロムでの「オプロート」の生産と、ウクライナ国内へのラインメタルの現地合弁会社設立といった動きを見ていると、これらがリンクしている可能性は捨てきれないのです。